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第五章・10

「海が見えるよ、兄さん!」  峠に建っているので、眼下に小さく海が煌めいている。  窓辺の惠は、ひどく喜んでいた。 (全く。大人かと思えば、こういうところはやっぱり子どもだ)  はしゃぐ弟を笑顔で眺めながら、瑛一は大きく煙を吐いた。  まだ長い煙草を灰皿に押し付けてしまうと、自分も窓辺に歩いて行った。  そして、無防備な惠を突然抱きしめた。 「……ッ、兄さん」  すぐに、唇が塞がれた。  互いの唇の柔らかさを確かめ合うと、瑛一は口づけた時とはうって変わって、ゆっくりと離れた。  揺れる惠の瞳が、どうして、と訊いている。  もっと濃厚なキスを、昨夜はたっぷり味わったというのに。 「体は大丈夫か」  惠を抱きしめ、耳元で瑛一は囁いた。  そこで初めて、惠は兄の気遣いを知った。 「解かんない。だってまだ、丸一日も経ってないんだもの」  昨夜、初めて体を拓いた惠。  疲労やダメージを、瑛一は心配してくれているのだ。 「でも、大丈夫」  確信があるわけじゃない。  もしかすると、出血するかもしれない。  それでも惠は、今この時に瑛一に抱かれたかった。その愛を、受け止めたかった。 「いいのか」 「兄さんだって、そのつもりでここに連れて来たクセに」  くすくすと笑う惠が、今度はやけに大人びて見える。 「辛かったら、言えよ」 「は~い」  そして再び、キスをした。  今度はたっぷりと時間をかけて、大人のキスをした。

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