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第五章・15
「ね、兄さん」
「何だ」
「また、連れて来てね。ホテル」
「そのうち、な」
うん、と惠は瑛一の腕にすがりついた。
とろりとやってくる眠気を必死ではらいつつ、兄に話しかけた。
「兄さん、煙草吸わないの?」
「なぜだ」
「だって、映画や小説だったら、こういう時によく煙草吸うじゃない」
「お前は嫌煙家だろう」
だから吸わない、との瑛一の優しさは、言わなくても惠に伝わった。
「兄さん」
「ん?」
「ありがとう」
返事の代わりに、瑛一は惠の柔らかな髪を撫でた。
窓から入る光が、やけに眩しかった。
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