87 / 163

第五章・15

「ね、兄さん」 「何だ」 「また、連れて来てね。ホテル」 「そのうち、な」  うん、と惠は瑛一の腕にすがりついた。  とろりとやってくる眠気を必死ではらいつつ、兄に話しかけた。 「兄さん、煙草吸わないの?」 「なぜだ」 「だって、映画や小説だったら、こういう時によく煙草吸うじゃない」 「お前は嫌煙家だろう」  だから吸わない、との瑛一の優しさは、言わなくても惠に伝わった。 「兄さん」 「ん?」 「ありがとう」  返事の代わりに、瑛一は惠の柔らかな髪を撫でた。  窓から入る光が、やけに眩しかった。

ともだちにシェアしよう!