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第八章・2
料理でも食べて、などと考えていた瑛一の甘い考えはすっかりくじかれていた。
父は彼を傍に置き、次々と客人へ紹介するのだ。
(腹が減った……)
「瑛一、こちらは杉本様と、そのお嬢様だ」
「杉本様とおっしゃると、杉本海運の。お会いできて光栄です」
そして、父の希望通りの優等生な返事をする自分にも嫌気がさす。
「これはこれは。お父様のお若い頃にそっくりですな!」
さらに、客人が必ず言うこの言葉にも、うんざりだ。
柔和な笑みを絶やさない瑛一だが、心の中はささくれ立っていた。
(惠は、どうしているんだ?)
会場内に目をくばってみると、何とこちらに皿を持ってやってくる。
「どうした、惠」
「兄さん、いえ、お兄様。お腹がすいたでしょう? 少しお料理を持ってきました」
そこへ、同じようにオードブルの盛られた皿が差し出された。
「え、あ。申し訳ございません。わたくしも、瑛一さんが空腹でいらっしゃるかと思って」
見ると、かなり最初の段階で紹介された、鎌田製薬のお嬢様だ。
「弟さんが、いらしたんですね。出過ぎた真似をいたしました」
「いいえ、ありがたく頂戴します」
鎌田のお嬢様は皿を近くのテーブルへ置くと、逃げるように去って行った。
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