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第八章・11

 ソファから立ち上がった瑛一は、二言三言執事と話していたが、やがて惠の部屋を出ていった。 「兄さんの、バカ」  僕だって、兄さんにチョコレート用意してたのに。  すっかり渡しそびれてしまった。  しかも、戻ってきた瑛一の手には、これまた赤い包みがあった。 「兄さん、それはひょっとして」 「チョコレートだ。鎌田のお嬢様がわざわざ届けてきた」  赤い包みには、『乱暴に扱わないでください』の注意書きが貼ってある。 「郵送だと崩れるんだな、きっと。ケーキかもしれん」  瑛一は、包みを開けてみた。  中からは、しっとりとしたザッハトルテが出てきた。 「え~。手作り? すごい……」  恋敵ということを忘れ、惠は素直に感心していた。 「手紙も入ってるぞ。『どうぞ弟さんと一緒に召し上がってください』だと」  晩餐会の時もそうだったが、彼女の気配りには本当に頭が下がる。  名家の令嬢など、ツンと澄ました気位の高い女ばかりだと思っていた瑛一だったが、彼女だけは違うと感じ始めていた。

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