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第八章・18

 半裸の惠は、瑛一の腕の中でしばらくぐったりと動かなかった。  最初に動いたのは、やはりその唇だった。 「どうして」 「何が」 「どうして、兄さんじゃダメなの」 「俺のことを『瑛一』と呼ぶのは、イヤか?」  イヤじゃないけど。  何だか、くすぐったい。 「兄さんが、別の人になったみたい」 「新鮮で、いいだろ」  そう。  このままずるずると、毎日をやり過ごすくらいなら。  新しい、惠との付き合い方を探していこう。 「もう一度、呼んでくれ」 「瑛一さん」 「もう一度」 「瑛一さん」  満足したように、惠の髪を撫でる瑛一だ。 「変な、瑛一さん」  変な、兄さん。  じゃあ僕は、もう兄さんの弟を卒業しよう。  むやみに甘えるのは、やめるよ。  そして、四人の御令嬢と肩を並べるよ。  兄さん、ううん、瑛一さんのパートナーにふさわしい人間に、なるよ。  ちょっぴりビターな、惠のバレンタインデーだった。

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