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第九章・2
「惠」
「あ、瑛一さん、おかえりなさい」
瑛一は、茉莉とのデートの後、まっすぐに惠の部屋へ来ていた。
「ホワイトデー。クッキーを焼いてみた」
「え!? 手作り!?」
少し焦げた、という瑛一手作りのバタークッキーは、いびつなハートの形をしていた。
「可愛い! ありがとう!」
食べると、ほっこり甘い味がする。
にこにこと上機嫌な惠だが、それを眺める瑛一はどことなく浮かない顔をしていた。
「どうしたの?」
「うん……」
実は、と瑛一は今日、茉莉に会ったことを話した。
「ちゃんと、バレンタインデーのお返しした?」
「ああ。クッキーを渡した」
「よしよし!」
そんな惠のリアクションに、瑛一は安堵していた。
以前なら、取り乱しているところだ。
僕というものがありながら、他の人とデートなんか、と怒るところだ。
弟の確かな成長に、嬉しくなっていた。
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