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第九章・8
「わたくしと瑛一さんの偽装結婚。これしか、お二人の愛を守る手立てはありません」
おそらくそれが、この奇妙なデートのクライマックスだったのだろう。
三人の乗った観覧車は、ちょうど頂点に達して下降を始めた。
しかし、と瑛一はようやく茉莉に言葉を返した。
「それでは、あなたが。茉莉さんがあまりにも」
「不憫、と思わないでくださいね。これは、わたくしの恋のお悔やみでもあるのです」
お悔やみ、と瑛一と惠は声を重ねた。
「わたくしも、恋をしたことがあります。身も心も捧げた、激しい恋をしました」
この、おっとりとした女性の、どこにそんな熱情が隠されていたのか。
兄弟二人は、ただ茉莉の告白に耳を傾けるしかなかった。
「しかし、身分が違うという理由で、強制的に別れさせられました。あの方が今、どこで何をして暮らしてらっしゃるのか。それすら、解りません」
あの頃のわたくしは、臆病でした。
そう、茉莉は言う。
あの時、どうしてもっと強い心を持たなかったのか。
何事にもくじけない、強い意志を持たなかったのか。
「鎌田の家を飛び出すくらいの覚悟も持てなかった自分が、今は悔やまれます」
第三者の手で引き裂かれ、永遠に失われてしまった恋。
その供養を、瑛一と惠の恋を実らせることで成し遂げたい。
観覧車のゴンドラが下降をする間、茉莉は語った。
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