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そうでしょ!と得意気な顔付きになった由宇と目が合うと、彼はその瞬間俯いてしまった。
泣き叫んでいた真琴から連絡を貰った由宇が、俺の不実で自分の事のように傷付いている事は分かった。
連絡がつかなかった俺を直接訪ねて来て、真琴の気持ちを代弁したかったのだろうという事も、聞かずとも把握した。
ただ俺も、一度吐いた唾は呑めない。
とても言い訳がましいが、こうなってしまったのも真琴のためを思って発言したからこそだ。
「由宇は俺に、何を言いに来たの」
「俺は……俺はっ、……っ」
俯いた由宇の表情が見えない。
屈んで、スポーツタオルに顔を埋めた由宇の表情を窺おうとした。
「えっ、ちょっと、なんで由宇が泣くの……っ」
潤んでいた瞳には、先程よりもたっぷりと涙が溜まっていた。
覗き込んだその瞳からポロポロと涙が零れ落ちる。
「うぅっ……」
……由宇を泣かせてしまった。
真琴だけでなく、由宇の事まで。
俺の唐突で身勝手な言動が、大事な〝友達〟二人を傷付けた。
泣かせたいわけではなかった。
傷付けたいわけでもなかった。
由宇への想いが届かないと知るや、即座に身を引いたあの時と同じ。
俺は誰の事も、悲しませたいわけではないのに。
ことごとく、選択を間違えていた事を思い知る。 ……その引き際さえ。
でも、だからって、俺はどうしたらいいの。
今さら元には戻れないんだよ。
友達でも恋人でもなかった真琴をとうとう突き放した俺には、そのどちらも残らないかもしれないんだよ。
「由宇……」
「なんで……っ? 真琴が可哀想過ぎる! 真琴はあんなに怜のこと大好きで、ほんとに大好きだって俺にも毎日惚気けてて! 怜も何だかんだ真琴のこと構ってあげてて! 俺には、二人が恋人同士にしか見えなかったよ! それなのになんで……っ!?」
「…………」
「ひどいよ、なんで三年後に言うんだよ! 言うならもっと早くに言ってあげるべきだったでしょ!」
「…………」
「なんでそんなに頑固なんだよ! 頑固もん!」
「……由宇、落ち着いて」
「頑固もん!!」
しゃくりあげながら怒声を飛ばす由宇の肩に、恐る恐る手のひらを乗せる。
そうだね、……俺はとんでもなく頑固もんだね。
おまけに頭が堅いから、真琴にとって何が最善かを考えて……その結果、俺は前に進んだつもりがふりだしに戻ってる。
手のひらから、由宇の嗚咽が伝わった。
なかなかに不思議な人種である真琴の事を、由宇も大好きなんだと伝わった。
俺だって……真琴のこと嫌いじゃないよ。 嫌いなはずないよ。
こうする事が最善だとずっと思っていたけれど、〝やっと言えた〟、〝清々した〟、と晴れやかな気分には到底なれなかった。
こんな気持ちになるなんて思わなかったんだよ。
〝正しい事をした〟、〝本当に?〟と自問自答して、眠れなくなるまで気に病むとは思わなかったんだよ。
もう、後戻りは出来ないけれど……。
「俺もね、由宇……無傷じゃないよ」
「え……?」
俺は決して、真琴の事をぞんざいに扱いたかったわけじゃない。
これは多分俺の……性根の問題。
由宇の額に滲む汗と頬の涙を拭ってやりながら、上手くできているか分からないが力無く微笑み、口を開く。
「突き放してみて初めて、俺が、真琴の気持ちを受け入れられなかった理由が分かったんだよ」
「何? 何だったの?」
「それは、……今は言わない」
「…………」
この理由を話すべき相手は、由宇じゃない。 察した由宇も、無理に聞こうとはしなかった。
出たいと言った三限まで、まだ時間がある。
クーラーのスイッチを押して、由宇の好きな麦茶を用意しようと部屋を出ると、トコトコとキッチンまでついて来た。
渡したペットボトルに口を付けながら、友達思いな由宇は俺以上に気落ちした溜め息を何度も吐いている。
「ねぇ怜、……真琴になんて言ったの?」
「これからは友達だよって」
「……ひ、ひどいぃぃ!」
「由宇、聞いて。 これは俺のけじめなんだよ。 遅過ぎたかもしれないけど、真琴には真琴の人生がある。 真琴が俺に縛られ続けるくらいなら、新しい世界で生かしてあげるべきだと思ったんだよ。 俺が傷を負ってでも」
「何だよ、新しい世界って」
堅苦しく語っているが、ようは逃げなのであると由宇も気が付いているに違いない。
これ以上の傷を負いたくない俺は、平気で盾を構える。
まったくもって笑えない事を、無理やりの作り笑いで答えた。
「……俺の居ない世界」
……あぁ……痛い。
考えれば考えるほど、胸が抉られる。
俺に盲目でなくなった真琴を思うと、心が痛くてしょうがない……。
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