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第9話

 朝だけでは足りなかったのか、その日の夕方にも由宇から呼び出しを受けた。  ワケの分からない俺の屁理屈が納得いかない気持ちは分かる。 だから俺も、呼び出しには素直に応じた。  待ち合わせは午後六時。  場所は大学からほど近い行きつけのカフェ。  その店内はそこそこの広さがあり、白と茶色で統一された生活感と温かさで溢れた内装も、愛想のいい女性店員も、俺はわりかし気に入っている。  真琴の家に泊まった日は必ずと言っていいほどそこへ寄ってから大学に向かっていたが、由宇とは数えるほどしか来店していない。  にも関わらず、由宇はこの店を指定した。  大学の帰りに寄れるからだろうと、あまり深く考えずに了承したものの正直気は進まない。  約束の十分前に到着した俺は、今日も愛想のいい店員に言い慣れたカプチーノをオーダーした。  朝はポツポツと空席があるのに対し、この時間は混むらしい。 運良く待ち時間なく案内された俺も、カウンター席での待機となった。  空きっ腹のエスプレッソ等は胃に負担がかかると思い、俺はここへ来ると決まってシナモンスティックが添えられたカプチーノをオーダーする。  食欲旺盛な真琴はというと、パンケーキやたまごサンドを食す傍ら俺の真似をしてカプチーノを飲んでいて、それはもちろんシナモン風味。 「お待たせいたしました。 カプチーノでございます」 「ありがとうございます」  カウンターに置かれたコーヒーの芳醇な香りに気持ちを奪われながら、女性店員に会釈した。  シナモンスティックを摘み、泡立ったミルクの上からゆっくりと挿入し数回かき回す。 これだけでシナモンの甘い香りとほのかな味わいが足され、非常に旨味の増したカプチーノが出来上がる。  カップを手に取る前に、腕時計を確認した。 由宇は時間ピッタリに来るタイプなので、そろそろだ。  ちなみに真琴は、待ち合わせの五分か十分は必ず遅れて来る。 俺はそれを見越して、いつも行動していたっけ。 「…………」  今日を最後に、ここにはあまり立ち寄れそうにない。  席に腰掛け、馴染みの店員を見、シナモン風味のカプチーノの匂いを嗅ぐともうダメだ。  思い出される。 ここが馴染みと化す以前からの真琴との様々な出来事、……共に過ごした青春の三年間が。 「こんな気持ちになるとはなぁ……」  カップに口を付け、しみじみと独り言つ。  俺は、真琴との関係を終わりにする事を望んでいたはずではなかったのかな。  今考えると、会えば一度は「嫌い」「好きにはならない」「俺達は付き合ってない」と言っていた気がする。  それを真琴はどんな気持ちで受け止めていたのだろう。  「怜様ったら!」と冗談めかして笑っていた真琴の心は、三年間一度も傷付いていなかったと俺は言えるか?  いや、……母も言っていたが、人の心はその人にしか分からない。  すなわち、俺が断定して良いことではない。 「──こちらへどうぞ」  溜め息を吐きかけた俺の右隣に、店員に案内されやって来た誰かが腰掛けた。  横目にも由宇の背格好ではなかったので、俺はすぐに「あの……」と口を開きかけ、ビシッと全身が硬直する。 「真琴……っ」

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