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第十七話 太郎のきもち

 骨を、ほねを、骨を渡さないと……!  太郎は小箱を握りしめて、凍てつく寒さのなかカタカタと震えていた。三十分もたつのに、まだインターホンが押せない。外は闇色に深く沈んで、鼠色のスウェットはどんどん冷えていく。  大丈夫、襲わない。大丈夫、骨を渡すだけ。大丈夫、匂いを嗅がない。大丈夫、励ますだけ。大丈夫、触らない。大丈夫、話すだけ。大丈夫、触れない。大丈夫、顔を見るだけ。大丈夫だ。  相手はご主人を亡くしたばかり。しかも義母に頭を下げて謝って、遺骨を奪われたのに子供の二人に笑顔を取り繕う人だ。  係の人に子供を見てもらい、裕を呼びに戻った太郎は隅に隠れて裕の土下座を息をひそめて見ていた。一歳の千秋が骨を手に持っていたことに気づいて返そうと戻ったのだ。  ……怖かったな。  身動き出来ずに遺骨を手にする裕に、雅子は鬼の形相で老いた手を振り上げ、頬を叩いていた。ぶたれた赤みは青紫のように腫れていた。去り際の台詞が頭にこびりつく。  手切金ってなんだろう。  反対されて結婚したと言っていたが、その光景に言葉が出なかった。そして、ぎゅっと下唇を噛んで、涙も流すことなく懸命に子供に笑顔で振る舞おうとする裕が痛々しくみえた。  なんとかしたい。支えたい。そばにいたい。匂いをずっと嗅いでいたい。家事洗濯もしたい。三食作ったものを食べさせて、全部僕の……まて、まて、まて、落ち着け、自分。まずは裕さんを心配しろ。  忙しそうに過ごす裕にお裾分けと称して伺うが、門前払いされる毎日だった。それでも、裕の顔色はどんどん悪くなっている。  ―運命の番なら、テレパシーを使えるんだぜ?  不意に学生時代に笑って話していた旧友の言葉を思い返す。互いの気持ちを思い合うことで、感情をのせられる。悲しみも嬉しさも怒りも、全て通じ合える。  運命の番は魂で繋がれている。  都市伝説だ。でも、試したい。  そう思いながらも、太郎はぷるぷると頭を振る。深く深呼吸を繰り返して、ゆっくりと白い息を吐く。やばい、だめだ、だめ、だめ、裕さんは今悲しみのどん底なんだ。未亡人。いや、どっからみても普通の成人男性。筋肉もついている。平々凡々のサラリーマン。  泣き顔なんて……!  おっふ。だめだ。  柔らかな布地にじわりと熱が込みあげそうになり、太郎はもう三十分だけ股間の昂りを突き刺すような外気で冷ました。  そして、玄関を静かにノックした。  

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