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第二十六話 匂やかな荒風※
やばい、やばい、やばい、なんで、なんでだ。不意の恐怖に襲われ、パニックの連鎖で思考が錯綜 する。
雨は絶え間なく降り続いて、音をたててこぼれ落ちる。
かっと胸の奥が火照り、熱に病んだように全身が燃えているように感じた。体内の血液が狂鬼となってぐらぐらと熱湯のようにたぎる。
身体が熱い。欲しい。欲しい。だめだ。まて。それよりも、薬、くすり……。
「……っ」
舌を強く吸われ、裕は腕をのばして隅に置かれた手提げに手を突っ込んだ。指先に棒状の筒が触れ、たぐい寄せるように手に取って、親指で弾いてキャップを外す。
森に顎を掴まれながらも、片手でカチカチと最大量になるまでダイヤルを回した。
「……君が欲しい」
「……」
胸の底から掻き立てるような快感に引きずられそうになって、針をどこに刺せばよいか迷った。
森か、自分か。
思わず自分の脇腹に刺す。鋭いキリをさしこんだような痛みが走り、痺れた感覚が電流のように伝わる。発情がとまれば森も止まる、そう思った。後頭部がズキン、ズキンと音を立てて鳴るように痛む。視界の端で、コロコロと白いかけらが暗闇に消えていくのがみえた。
しまった。錠剤……。
「あ……」
青ざめた表情で視線を泳がすと、すでに森はラット状態に入っていた。オメガの発情に感化されたアルファは理性を失って、極限状態 に陥ってしまう。
興奮に目を血走らせて、貪るように食らいついてくる。アルファは一度ラットに堕ちると、治らない。
「も、りさ……!」
ドアから逃げようとするが、ロックがかかっていてシートベルトを外せない。押し潰されるように裕に覆いかぶさり、膝に硬い熱が伝わる。
「だめだ。……東雲くん、逃げて」
森は縋るような目つきで、苦しそうにつぶやく。本能を説き伏せようとしているが、すでに体が異様な熱気に包まれている。
「……ぁ」
「ごめん」
また顎を掴まれ持ち上げられる。かぶりつくように唇を吸って、舌先が顎から首筋を這うと、食らいつくように噛まれた。
「……ッあああああ」
噴き出す血を吸われ、ジュっと音を鳴らして、厚い舌で舐めとられる。舌が蛇のようにうねって、血肉を貪るように傷をひらいていく。
「くそ、止まらない」
「……森さん、……ッ、もういいです。俺は番以外には勃たない。貴方が出せば終わる」
ラット状態のアルファは目の前の獲物を犯す。自分で精液はだせない、その為、溜まった欲望を吐き出すためにオメガを求める。つまり、裕 を求めるしかない。
「ッ、でも……」
「このまま誰かを襲うよりマシだ」
手提げをかき回して奥底に眠っていたゴムを渡す。ベルトを緩め、締まった太腿を露わにした。体液で下着はじっとりと湿り、窄まりは固く閉じて全体が潤滑していない。林檎の香りが冷めていくなか、森は恍惚とした表情で裕をみつめる。
発情したのは自分だ。自分が悪い。オメガがアルファを誘いこんだと思ってもしょうがない。
「ごめん。こんなこと、したくないんだ」
森はカチャカチャとベルトの金具を緩めた。裕はシートを倒すと、うつ伏せになった。森をみてはいけない。みたくもない。挿入すれば終わる。それだけだ。
ゴムのしなるような音が耳に届いて、体が強張る。
指先が乳首を触れると、裕は手を払った。
「やめて下さい」
「せめて、噛ませてくれないか」
返事もしないうちに森は裕の首筋に噛みついて、煌々として湿った後孔に指を這わせる。入り口の襞が体液でぬめり、押しながら馴染ませて。くちゅくちゅと音が響く。すぐに噛まれたうなじから、鉄の匂いが漂うと痛みが殴りつけたように走った。
「ッ……」
入口を親指で弛緩されて、どんどんと緩んでそぼ濡れていく自分が許せない。身体がアルファをもとめている。
「もう無理だ。挿れるよ」
低くどすを帯びた声がして、石のように固いものが触れて重い痛みを増すと、顔が鈍痛に歪んだ。裂けるような灼熱が痺れるような悦びへと変化してあふれてくる。揺さぶられて打ちつけられるたびに、嫌悪の情が快感となって波打つように襲った。
「……ッ、ごめん」
「くっ…っ…」
座席にうつ伏せになりながら、裕はぎりぎりと革のシートへ爪をたてる。めまいがしてしまうほどの苦しさに沈んでしまいそうだった。ゆさゆさと揺さぶられ、喉元で声を押し殺した。
「はぁ……、あ……。裕くん、ごめんっ……」
「ッ……」
うなじを噛みながら、森はずくずくと肉を裂いて雄を埋め込んでいく。甘美な感覚のうねりが身体を突き抜けて、剛直な丸みが、奥で膨張したしこりをさすると電流のように甘い痺れがひろがった。湿った音と、ひくつきながら精液を搾り取ろうとする自分にシートに顔を埋めながら耐えた。
こんなの、俺じゃない。
麝香 の妖しい匂いが鼻を通り、裕の柔らかな陰茎は湿りを帯びて押し潰される。勃起せずに、雄肉を蕩けるように受け止めてしまう体に憎悪してしまう。擦れる振動が腹から伝わり、体の奥が鋭敏に反応していく。荒々しく吐く息づかいを耳にしながら、黒い嵐のような意識と本能に揺り動かされる。
早く、終われ。終わってくれ。
下唇を噛みながら、裕は耐える。怒りと屈辱で赤く脹れあがるような虚しさを、銀糸の雨が打ち消した。
「……うッ」
腰を震わせて、深い射精に辿りつくのがわかった。森は冴えていく意識のなか、裕の真っ赤に染まった肩に気づいて青ざめた。
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