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「……ねえ、もうちょっと落ち着いたら? なんか童貞みたいだよ?」  夜明けにはまだ少し早かった。  ターミナル近くのコンビニに立ち寄り、ホットスナックで小腹を満たすと、今度は休息が欲しくなった。バス内でほとんど眠れていなかったぼくは特に。  普通のホテルにこんな時間からチェックインすることはできない。なので、あらかじめバスの中で調べておいた場所へと彼を連れて行った。  シンプルな調度でまとめられた室内で、部屋の隅に置かれたスロットマシンとアダルトグッズの詰まった自販機が、俗っぽさを演出している。  そう、ここは所謂ラブのつくホテルというやつだった。  どこに目を向けたらいいのかわからない、と言わんばかりにそわそわしているソウくんを揶揄(からか)えば、思わぬ答えが返ってくる。 「どっ……! ど、うていに、決まってるだろうが……!」 「ええ? そこはムキになって否定するとこじゃないの?」 「嘘言ってどうするんだよ。……俺は、お前以外とそんなこと、したいとも思わねえのに、」 「…………あ、そう」  素直すぎるのも考えものだ。揶揄(やゆ)のひとつも通じやしない。ぼくにどんな反応を期待しているというのだろう。  ぼくは、ソウくんとどうこうなるつもりは無い。こんな場所に連れ込んだのだって、ほんの悪ふざけだ。……まあ、色々あって、普通のホテルよりは使い慣れている、というのもあるけれど。 「なあ……こういうとこ、高校生は入れねえはず、だろ」 「二人とも私服だし、それでなくてもソウくんは背も高くて大人っぽいし……バレやしないよ」  コートも脱がず、居た堪れなさげにしているソウくんを見兼ねて側に寄る。彼の正面に立つと、二十センチ近くある身長差もあってか、どうしても見上げる形になる。  質の良い生地の合わせ目をくつろげ、空いた隙間から手を差し込む。そのまま彼の肩の上へと滑らせれば、上等なコートは容易く床へと落下した。 「お見合いブッチして、こんなとこまで遠路はるばる逃げ出して来ちゃった時点でさ、今更じゃない? 善悪の話をするには遅すぎるよ」  葛藤を浮かべて揺れる瞳を見つめ、意地が悪いと自覚のある笑みを浮かべつつ囁く。近づいたぼくの頬に、ほとんど無意識にだろう伸ばされる彼の掌を、落ちたコートを拾う素振りで躱す。 「……だけどさ、変な勘違いはしないで欲しいんだ。ぼくは、君を「悪い子」にしたい訳でも、ましてや君のことが好きで着いてきた訳でもないんだから」  腕に抱えたコートを壁に取り付けられたフックに掛け、ようやく振り向いた先。空を切った手をそのままに、おあずけを食らった犬のような顔をしているソウくんが目に入り、思わず苦笑する。 「期待、してたの?」 「するだろ、そりゃあ」  ――好きな奴と二人きりなんだから。  ふて腐れたように呟き、深いため息を吐いたソウくんが、部屋の真ん中に鎮座するベッドへと腰を下ろした。 「けど……」  ぼふん、と音を立てながら、ソウくんがベッドに横向きに倒れ込む。 「お前が、俺を好きだと言ってくれないうちは、何もする気はねえ。気持ちの伴わない行為に意味なんて無いからな」 「…………ぼくが、君と従兄弟以上の関係になる日は来ないよ?」  だって、そんなの誰も喜ばない。そんなのなんにも正しくない。  彼が慈しんで生きるべきなのは、もっと柔らかくてあたたかくて、眩しくて、きれいなもののはずだ。間違ってもぼくじゃない。  ソウくんとぼくは、そもそも生きてる世界が違うんだ。血の繋がりが無かったら、きっとお互いに死ぬまで接点なんて持たなかったろう。  考えれば考えるほど、今のこの状況が苦しく思えてくる。連れ出されるのを選んだのは自分なのに。苦いものが喉の奥を流れるような感覚に、唇を噛んで耐える。ソウくんはぼくの言葉を否定も肯定もしない。  やがて黙ってベッドの中に潜り込んでしまった彼の姿を見て、自分も眠りたかったことを思い出す。  そっとベッドに近づいて、ソウくんが寝ているのとは反対側から中に潜る。彼の肩がぴくりと跳ねた。体の向きを変え、背中合わせの体勢を取る。 「……あんな話した後なのに、同じベッドで寝るのかよ」 「だって、ベッドひとつしか無いのにどうするの? こんなの友達同士の雑魚寝の延長みたいなもんだよ……。それとも、ぼくに床で寝ろとか――」 「そんな真似するくらいなら俺が床で寝る」 「……へえ、紳士だね」  薄く触れ合った衣服越しの背中が熱い。ソウくんの緊張が、ぼくにまで伝わってくるようで落ち着けない。 「……なあ、緋色……」 「もう、黙って」  後ろに回した手で彼のトップスの裾を引く。ささやかな意思表示。  何かを言いかけていたソウくんは、言った通りに静かにしてくれたけど、ベッドの中で響くやけにうるさい心臓の音のせいで、ぼくは結局なかなか寝つけなかった。

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