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「アンタって本当に、どこに出しても恥ずかしい子だよね。……まあ、当たり前かぁ。だって、アタシから産まれたんだもん」  それが、一応はぼくの母親であるあの人の口癖だった。  そんな言い方をする割に、あの人は「母親」という肩書きをひどく嫌っているようだった。だから、ぼくはいつも「ねえ」だとか「あのさ」だとかの、輪郭の無いなんとも曖昧な言葉で彼女を呼んだ。 「アタシ達どこまでもよく似てる。嫌になるよ。アンタもアタシと同じ。なんにも手に入れられない、惨めな人生を送るんだ」  呪いみたいだ、と思った。  思うだけで、口にはしなかったけれど。    ■■■  妙な圧迫感に目を覚ました。  枕元に置いたスマートフォンで時間を確認しようとして、体の自由がきかない事に気がつく。……ソウくんが、ぼくを抱き枕に眠っている。 「何もしないんじゃなかったのかよ……」  ひとり呟き、なんとか腕の中で姿勢を変えて時間を確認する。眠っていたのはほんの三時間程度のようだった。  ぐっすり寝入っているソウくんの拘束は振りほどけないくらいに強い訳ではなかったから、ぼくは彼の腕を持ち上げそこから抜け出した。ベッド脇に足を着けてから見下ろした彼は、まだ穏やかに寝息を立てている。  窓辺に近づいて、ヤニ汚れで黄ばんだカーテンを開く。ガラスの向こうの空は嫌味なくらいに澄んでいて、差し込む陽光が十二月の半ばとは思えないくらいに暖かい。まるで、ぼくらの罪を咎めるかのように眩しい朝だった。 「ソウくん、そろそろ出ないと。延長料金かかっちゃう」  青空から目を背け、ぼくはベッドへと戻りソウくんを揺り起こした。    ■■■ 「ねえ、これからどうするの?」  ホテルを後にし、とりあえずと駅までやって来たぼく達。構内にあったコンビニで朝食を調達。行儀が悪い自覚はあったが、店を出てすぐ側の壁に寄り掛かっておにぎりを食べた。  目の前を行き交う人々は誰もが忙しなく、ぼくらには見向きもせずに通り過ぎて行く。そのことに、ぼくはなんとなく安心を覚える。誰の目にも映らないことは、どこか「許されている」ような気持ちを得られるから。  かじかむ指の先を擦り合わせていると、ソウくんが飲んでいたホットコーヒーを差し出してくる。 「飲むか? ……あー、でもお前、ブラック駄目だっけ」 「……もらう」  彼の言う通りだ。けれどそれを肯定するのが癪で、ぼくはコーヒーを受け取った。カップ越しに伝わる程良い温度が、両手を温めていく。少しだけ、と口にしたそれは思ってた以上に苦くて、つい顔を顰めてしまう。  ぼくは、ソウくんのこういうところが好きじゃない。自分でさえいつ話したのか覚えていないようなことを、彼はこうして記憶している。細やかな気遣いなど、ぼくではなく女の人に対して発揮すれば、さぞ喜ばれるだろうに。  黙ってソウくんにコーヒーを返す。カップを受け取った彼が「間接キスだな」なんて言ってへらりと笑うから、ぼくはそれなりに力を込めて脇腹へと拳を入れた。 「……とりあえず、今夜は普通のホテルに泊まりてえ。あんな部屋じゃ色んな意味で落ち着けないからな」 「ぼくが起こすまでぐっすりだった癖によく言うよ……」 「まあ、そう意地悪言うなよ。金なら俺が持つしさ。これでも、それなりに用意はあるから」  知っている。昨夜、コンビニのATMから、学生の身分で持つには些か多すぎるくらいの万札を下ろし、財布に詰め込んでいたのを見ていたから。変な奴に絡まれなかったのは運が良かったと思う。  ――でも、それってソウくんが自分で稼いだお金って訳じゃないよね?  そこまで言うのはさすがに意地悪すぎると思って、言葉を飲み込む。彼とてそんな事は百も承知だろうし。  いつまで続けられるのかわからないこの「逃避行」も、大人から見ればただの「おままごと」に過ぎない。賢いソウくんが、それに気づかないはずもない。……だけどぼくは、行けるとこまで付き合うつもりだ。彼の気持ちを受け入れられないことへの罪滅ぼし、という程でもないけれど。 「なあ緋色」 「なに?」 「……一緒に行きたい場所があるんだが、いいか?」

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