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 大ぶりのエビがごろごろ入ったトマトリゾットを、味もよくわからないまま咀嚼している。目の前に座るソウくんは、飴色をした玉ねぎのソースがかかったハンバーグを丁寧に切り分けては口に運んでいた。その顔は平然としている、ように見える。  ぼく達が夕飯を食べているレストランはホテルのラウンジと繋がっており、ガラス越しにフロントを行き来する人の姿が見えた。その中には、誰一人としてぼくのような人間は居なくて。着古したセーターを見下ろし、少しの居心地の悪さを抱く。  天井から下がった豪華なシャンデリアがきらきらと光を散らしている。昨日泊まったラブホテルとは全くの別世界。ぼくには、相応しくない世界。 「……何もしない、っていうのは、嘘だった訳?」  昼間の話を無かったことにされる前に、癪だったけれど自分から切り出した。 「……嘘じゃねえよ。けど、」  お皿から視線を上げたソウくんがこちらを射抜く。青い眼差しは、何かが吹っ切れたような色をしているように見える。 「あんまり頑なな態度を取られ続けたら、こっちだってムキにもなるさ。アプローチくらいさせてくれ」 「アプローチってレベルかよ……」  ソウくんから目を逸らしてリゾットの皿へと向き直る。  店内に流れる落ち着いたジャズの調べと、一定の距離が保たれた他のテーブルから聞こえる微かな談笑とが溶け合った空間。陶器製の皿と、スプーンが擦れる音がやけに耳に残る。 「でもお前、俺のこと好きだろう?」 「!? んっ、ぐ、げほ、っごほ!」  予想もしていなかった言葉に、リゾットが喉のおかしな位置に入ってしまい盛大に噎せる。  そう思われるような態度を取ってきたつもりは、無かった。いつだって皮肉をぶつけて、君のことなど好きになるはずもないと、境界線を引き続けてきた。それなのに。 「お前みたいなのを「ツンデレ」って言うんだろ? クラスの奴が貸してくれた漫画にそう書いてた」  誰だ、この男にそんな俗物的な知識を与えたのは。  会ったこともないソウくんのクラスメイトに心の中で恨み言を並べながら、ぼくは側に置かれたグラスに手を伸ばし、中の水を呷った。 「……なんで、そう言えるの」  冷たい水は思考までは冷ましてくれない。胸の下で渦巻く焦燥が、ぼくの体を内側から熱する。  どこまでも穏やかな色を宿すソウくんの瞳には、まるで勝ちを確信した勝負に臨んでいるかのような余裕さえ浮かんで見えた。この話をこれ以上続けるべきではない気がする。 「……本当に俺を嫌だと思ってるなら、お前はもっときちんと距離を取れる人間だろ。そうしない時点で、どんな言葉を向けられたって説得力ねえよ」  いつの間にか食事を終えていたソウくんのお皿は綺麗だ。こういう些細なところにこそ、育ちの差が出る。 「俺の告白も、今こうしてここに一緒に居ることだって、突っぱねるつもりなら出来たはずだ。それをしなかったことが、何よりの答えなんじゃないのか」  退路がひとつずつ断たれていく。彼の言葉を否定する術を、ぼくは持たない。あんなキス無かったことにすれば良かった。もう後悔している。でも。 「あのさ、ソウくん――」 「お前が本当は俺を想ってくれてるって言うんなら、俺はもう我慢しねえ。ずっと好きだったんだ。選択肢なんてひとつしかない」  ぼくはソウくんを。  そうだろう? だって、ぼくらの世界は交わらない。そうあってはいけないはずなんだ。だから。 「……言ってくれよ、緋色。一言でいいんだ。お前の口から聞かせ――」 「もう黙れよッ!!」  お願いだから、そんな目でぼくを見ないで。  談笑がぴたりと止み、静まり返るレストランの中。四方からチクチクと刺さる視線。悲鳴と怒声のあいだみたいなぼくの叫びが頭にキンと響いて、意識の輪郭を揺らす。  ひどく泣き出したい気分で、唇を噛んだ。胃の中が熱い。 「……部屋に戻ろう」  低く囁くソウくんの声で、周りの音がすべて遮断されて聞こえなくなる。大きくて温かい掌に自分の手を包み込まれる段になって、ぼくはようやく呼吸の仕方を思い出したのだった。  ■■■ 「……悪かった。お前の都合も考えずにまくし立てるような真似して」  ふわふわのベッドの上に腰を下ろした状態で、ぼくは叱られた大型犬のような顔をしているソウくんを見上げる。  だけど、ぼくに彼からの謝罪を受け取る資格なんて無かった。ソウくんの言っていたことは単なる当て推量などではなく、厳然たる事実だからだ。 「……ぼくは……」  ぼくは、ソウくんのことが好きだった。とてもとても、好きだった。  実の親からさえろくに得られたことのない慈愛とか、人間のぬくもりだとかを、ぼくはずっと彼に与えられてきたのだから。  たとえそこに下心が滲んでいたって、ぼくにとっては乾いた地に降る雨に等しいものだった。人はこれを、愛じゃなくて「刷り込み」と呼ぶのかもしれないけれど。 「……ソウくんの特別には、なれないよ」  だからこそ余計に、彼の気持ちを受け容れる訳にはいかなかった。  猥雑(わいざつ)な欲を内包していても尚、彼のすべてはうつくしいと思う。ぼくみたいなものに懸想して、濁らせるなんて勿体ないほどに。 「……理由を、教えてくれないか」 「言ったらきっと、ソウくんはぼくを軽蔑するよ。ぼくを好きだと言ったことも、これまで優しくしてきたことも何もかも、全部全部……後悔するよ」 「そんな事は起こらない。……いや、起こったっていいんだ。聞かせてくれ、緋色。……俺は、お前を、知りたい」  混じりけの無い眼差しがぼくを突き刺した。痛覚を刺激するはずもない、形無いそれに、ぼくの体は軽い痺れを覚える。  この澄んだ青を裏切るくらいなら、今夜すべてが終わっても、それでもいいから、ぼくの過怠について余すところなく話そう。そう、腹を括った。

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