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5.密事(R)
その日から二人の秘密の関係が始まり、ゾッとするほど退屈だった日々が一転した。
とは言っても、午後三時から六時までの限られた時間の中。たったそれだけでも、リオにとっては十分なほど、グレンと過ごす時間が一日の中で最も愉しく有意義なものとなった。
グレンのカメラの腕は期待以上だ。
リクエストされた四つん這いの写真はかなり良く撮れていて、確かにこの画角は一人では撮れないものだった。
次の日には時間の許す限りで、前方から、斜めから、後方から、と様々な角度で撮ってもらった。ブラウスの釦を外したり下着を見せたりして、際どくて官能的な写真のコレクションが、日を追うごとに増えていく。
明日はどんな構図にしようか、と考えると夜も眠れない。
グレンを選んで本当に良かった。彼は本当に適任だ。つまらない毎日がこれほどに見違えたのは、グレンのおかげだった。
けれど、最初の日以降、彼がリオの体に触れてくる事はなかった。
満たされ始めた日々の中で、唯一それだけが物足りなかった。
◆
太陽が西へ傾き始めた頃。窓から射し込んだ光が、部屋の埃を輝かせて数本の筋を作っている。
リオは書斎机に頬杖をついて、背中に暖かな日光を受けながらこく、こく、と微睡んでいた。
カシャ。
シャッター音がして、意識がふわりと舞い戻る。顔を上げると、自室の扉の傍にグレンが立っていた。
「来てたのか」
「あぁ。良い画が撮れた」
「そういう写真はいらない。ベッドの上で撮って」
「はいはい」
ごしごしと目を擦りながら、ベッドへ横たえる。そうすると、グレンはすっかり慣れたようにその上へと乗り上げてくる。リオを見下げるようにファインダーを覗いて構え、ピントを合わせる様にレンズ調整をしている。
「今日は、どんなの撮って欲しいんだ?」
「お前はどう撮りたい?」
「ご主人の仰るとおりに」
「⋯⋯最初の日、四つん這いになれって言ったのはお前だろ」
「あれは俺の腕を見せる為だ」
言葉を交わしながらも、カメラを睨み付けるとカシャカシャと切られるシャッター。この音を聞けば、リオは乗せられるように乱れていってしまう。
「お前は奴隷になる前、こういう写真を撮る仕事もしていたのか?」
「俺はゴシップ専門。グラビアはやってねえよ」
「ふうん⋯⋯」
リオにとっては、味気ない会話でも交わすことが愉しかった。
些細なきっかけで良い。どうにかして、触れられたい。
触りたい、と思われるような事を、言いたい。カメラの奥に挑発的な瞳を送る。
「なぁ、どういうポーズが唆る?」
「さぁな。俺は言われた通りに撮るだけだ」
「んー⋯⋯そうなんだぁ。じゃあ⋯⋯」
わざとなのか、その気がないのか、グレンがリオの挑発には乗ってくる様子は微塵もない。それはそうだ、グレンは淡々と使役をこなし、奴隷としての在り方を徹底しているだけなのだから。
そんなこと、分かっている。けれどそれでは、面白くない。
己の首元からしゅるりとタイを抜き取り、くい、とグレンの襟元を掴んで引き寄せた。
「これで、僕の手首を縛ってくれない?」
両手首を揃えてグレンの前に差し出すと、シャッター音が止んだ。
カメラを傍らに置いたグレンは、リオの頭からつま先を舐めるように瞳の中に映した。ゾク、と体に走る鳥肌に気付かれないように、静かに生唾を飲み込む。
ふいにグレンの手が伸びてきて、リオのベルトのバックルに触れる。ガチャ、と外されたベルトは腰からしゅるしゅると抜かれて、頭の上でリオの両手首をひとまとめにする。
「手首縛るんなら、タイよりこっちだろ」
「あ、はは⋯⋯? そうなんだ⋯⋯」
革のベルトがぎちりと食い込むほど、手首を拘束される。両手首を縛られて両腋を晒すなど、まさに囚われた奴隷がする格好だ。屈辱的でたまらないのに、リオの劣情は煽られていく。
「縛ったぞ。さぁご主人、どう撮る?」
今すぐにでも、この男にめちゃくちゃにされたいのに。おそらくグレンもその事に気付いているはずだ。それなのに、徹底して命令でしか動かないグレンに焦らされて、リオの本能はだんだんと剥き出しになっていく。
「僕が⋯⋯気持ち良くなるところを写してよ⋯⋯」
欲求不満な体をいやらしく捩らせる。さりげなく腿でグレンの下肢を撫でて、己の上に跨る男をうっとりと見上げた。
「⋯⋯つまり?」
「僕の体⋯⋯少しだけなら、触って良い」
「了解」
右手でカメラを構えたまま、グレンの左手が柔らかな布地を擦る。ゆっくりとブラウスの上から肌をなぞられると、肩がぴくんと跳ねて、その瞬間にカシャ、とシャッターが切られる。ふわりとした感触に、一瞬足先が浮いたような感覚に陥る。
触られているのは生地越しのなのに、肌の内側が熱を帯びていく。焦れったい擽ったさが体じゅうを包み込む。
しばらく弄ぶように柔くブラウスの上を撫でるグレンの指が、時折さりげなく胸の突起に触れた。そこに指先が当てられる度に、微弱な電流が流れるような感覚がたまらなくて、思わず目を瞑った。
頭の中はぼぅっとしていくのに、グレンに触られているという実感だけがこの体に広がる。
グレンが、触っている。
これは妄想なんかではない。
いつも頭の中で、架空の人物にあちこち触られるのを想像して、己の手で快感を作り出していた。それは妄想でしかなくて、実際は目を開ければ頭の中で作り出した「誰か」は雲のように消えてしまう。
でも、この感触は現実のもので。
「ご主人、目線」
目を開けることを強要される。そろりと瞼を開くと、そこに映っている光景と実際に身体に与えられる刺激が繋がって、この行為の現実味がリオの中で確かなものとなっていく。
胸の先端に何度もわざとらしく指が引っ掛かる度に、じくじくとした疼きが大きくなる。その間も鳴り止まないシャッター音。
このままこうして触られ続けたら、どうなってしまうのだろう。そんな事が頭をよぎった時、狙い定めたような指先が、シャツ越しに尖る乳首の先端をかりりと引っ掻いた。
「っ、あっ⋯⋯!」
カシャ。
上擦った声が出たと同時、シャッターチャンスとでも言いたげににやりと口角を上げたグレンと目が合い、それを皮切りに何度もカシャカシャと音が鳴る。
今度は生地越しに指の腹で捏ねられるようにされて、薄い生地の摩擦で乳首の先が熱くなっていく。刺激が強くなっていくほどに、肌の内側の熱がじんじんと染み渡って、その疼きは下半身に伝わってしまう。
「ぅ、ぁっ⋯⋯」
ブラウスの生地を押さえるようにされると、浮かび上がるふたつの突起。ぴん、と弾かれるとたまらなくて、熱っぽい息が溢れる。
恥ずかしい。それなのに、気持ち良い。もっと、いっぱい触って欲しい。
「どうして欲しい? ちゃんと命令して?」
黒いレンズが部屋の明かりに反射してきらりと光る。そこに写し出されている己の淫らな姿に、リオは更に欲情した。
「⋯⋯、釦⋯⋯外して⋯⋯直接、触ってほしい⋯⋯」
言い終わるやいなや、グレンはブラウスの釦に指を掛けた。上から二つ目、三つ目、四つ目。左手だけで次々と釦を外されて、大胆に左右に開かれる。
グレンの目線が、カメラごと胸に注がれる。
たったそれだけのことで、脈打つ心臓の音が聞こえてしまうかと思うほどに高揚して、熱い。部屋の温度は決して高くなどないのに、体が熱くてたまらなくて、首筋にじんわりと汗が滲む。
己の胸元に目をやれば、桃色の突起がぴんぴんになって存在を主張している。グレンに触られて、こんなにもあからさまに乳首を尖らせてしまった。
「今どんな気分?」
「⋯⋯、さいこう⋯⋯」
「はは、変態主人」
なら遠慮なく、と赤くなった乳首を指先で摘まれると、待ち望んだ刺激に甘い声が漏れる。
「ひっ⋯⋯! ぁ、ん⋯⋯っ!」
「随分感じやすいんだな?」
そんなこと、自分でも知らなかった。自慰をする時に胸を触っても、こんなにも感じてしまった事なんて無い。それなのに、グレンの指がそこに触れると、切ない疼きが胸の先端で爆ぜそうになる。
片方の手で胸全体を揉みしだかれ、ぎゅ、とすり潰されるように乳首をいじめられているのに、手首を拘束されたリオはびくびくと身悶える事しかできない。
「あ、っ⋯⋯! んっ⋯⋯!」
右手でカメラを構えるグレンは、もう片方の手で器用にリオの胸を弄り続ける。右側をこりこりと責められたら、次は左側を柔く揉まれて、連続して与えられる刺激が焦れったくて仕方がない。
覗き込まれるレンズを誘うようにじっと見つめた。一度シャッターが落ちた後、カメラがゆっくりと降ろされる。
レンズの向こうにあったのは、リオだけを映し出す灰色の瞳。その奥の瞳孔がきゅうっと動く。
思わず息を飲んだ。
「そんな、欲しそうな顔すんな」
「だって⋯⋯」
「だって?」
「⋯⋯もっと、欲しい」
告げると、は、と小さく嘆息したグレンの手が背中に回され、胸元がふわりと浮き上がった。そうして上体を倒してきたグレンの唇の隙間から、赤い舌が覗く。
何を、どうされてしまうのか。魅入るように見守っていると、尖らせた舌先に赤く腫れ上がった乳首をピンと弾かれて。
「んっ、ああ⋯⋯っ!」
ぴちゃ、という水音と同時に、甘い痺れが全身に駆け巡る。
「敏感なのはイイコトだぜ、ご主人」
尚も舌先で乳首を転がしながら、グレンが上目に見上げてきた。後ろに流していた黒い髪が数本、はらりと束になってグレンの顔にかかる。その隙間から覗いた灰色の瞳は、うっすらと笑っているようで。
「⋯⋯っ、んぁっ⋯⋯!」
まるで面白がるようにグレンの舌が乳首をいじめてくる。唾液でねっとりと濡らされて、食べ物でも食むように口に含まれて。散々に舌で捏ねくられて、甘く噛まれる。そのたびにじんじんと脈打つように下半身に熱が集まっていく。反対側は指で捏ねられ、くりくりと育て上げるように芯から摘まれる。
「うぅ、っ⋯⋯あっ⋯⋯」
二つの刺激に翻弄されて、甘えるような声が舞う。自慰の経験しかなかった体が、グレンの手によって蕩けていく。
上体を起こしたグレンは乱れた黒髪を大胆に掻き上げ、カメラを手繰り寄せて再びリオを写し始めた。
「は、はぁ⋯⋯ぁ、」
何も考えることもできず、疼く熱を体に閉じ込めたままにレンズを見つめ続ける。両手首を縛られているせいで、呼吸するたびにわざとらしく胸元が上下に動いて、そこへの刺激をもっと求めているみたいだ。
そうして何度かシャッターが押された後、撮ったうちの一枚を目の前に差し出された。
そこには、奴隷のように手首を拘束されて腋を晒し、グレンの唾液でてらてらと光っている胸元が大写しになっていた。
平面な写真なのに、真っ白な肌の中心、その形や硬さがはっきりと分かるくらいにぷくりと勃ってしまった桃色の乳頭が信じられないくらいに淫靡で、今更ながら羞恥が沸き上がる。
「なぁ、ご主人。もっと興奮させてやるよ」
骨まで震えるような低く甘い声にどきりとする。
こんなことは初めてで、正直なところ怖くて仕方ない。だけど、知りたい。この体がどうなってしまうのか。
この奴隷の手によって。
薄らと込み上げてくる涙を堪えて、リオは黙ったままこくりと頷いた。
グレンの手がするりと下半身に伸びる。邪魔な衣服と下着を一気に脱がされ、外気に触れたそこは今にもはち切れそうなほどに膨らんで、先走り汁でぬるぬると光っていた。
「はしたねぇなぁ。奴隷に乳首舐められて、こんなに硬くしやがって」
何度も妄想したワンシーンだ。まさか本当に、自分がそんな風に扱われる日が来るなんて。けれども現実は、妄想よりもずっと濃厚で。
勃ち上がったペニスが、グレンの目に映されている。他人にこんな姿を見せることすら初めてなのに、大きな手にそこを包まれるように握り込まれた瞬間、腰骨に焼けるような熱が走った。
「っ⋯⋯ぅあぁ⋯⋯っ!」
指先で鈴口を抉られると、粘り気のある汁がとぷりと溢れ出した。それを竿全体に塗り広げられて、ごつごつしたグレンの指に、強く柔くペニスを扱き上げられていく。
身動きの取れない腕を頭の上で固定させながら、上半身を振り乱す。抑えるように覆い被さってきたグレンが再び唇で胸を愛撫して、種類の違う二つの快感に、ひたすら喘ぐ事しか出来ない。胸への刺激が止んだかと思うと、カシャカシャカシャと写真を撮られた。それを何度も繰り返される。
気持ち良くて仕方がない。グレンの巧みな手つきに翻弄されて、このままこの快楽の波に溺れてしまいたい。
「は、やらしい顔⋯⋯最っ高」
くちゅくちゅと扱く動きが速くなっていく。気が付けば自ら腰を揺らして、グレンの手にペニスを擦り付けていた。鳴り止まないシャッター音は、もはや連写のように速い。
気持ちイイ。他人の手にペニスを扱かれる事が、こんなに気持ち良いなんて。もっと、もっと、と思えば思うほどに、グレンの手のひらの中でペニスが熱を持つ。レンズではなくその瞳に写して欲しい、とさえ願う。
目線が欲しい。あの、淀んだ灰色の瞳に写されたい。
見上げれば、願いが叶ったようにカメラを傍らに下ろしたグレンと目線がぶつかった。
冷ややかな表情をしていた男がどこか熱に浮かされたようにリオを見つめている。
まるでレンズのような薄灰色の瞳は、この体が乱れて爛れていくところを見たがっているかのようだ。レンズ越しではない、そのふたつの瞳に真っ直ぐに射抜かれてしまって、リオの睫毛がふるりと震える。
「は、ぁっあっ⋯⋯っ!」
尚も容赦なく扱かれて、体がおかしくなっていく。
力強い眼光がぎらぎらと輝いた。昇り詰めていく快感に、ただ身を委ねる事しか出来ない。薄く唇を開いた瞬間、グレンが息を詰めた。手の力が一層強くなる。
「あ、ぁあっ、いく⋯⋯っ、イ、クっ⋯⋯!」
大きく腰がうねる。刹那に、グレンが身じろぎするリオの乳首を口に含んだ。
「ああっ⋯⋯! っん、ぅあっ⋯⋯!」
びゅくびゅくと精液が飛び出して、頭が真っ白になる。深く突き抜けるような絶頂が、自慰では得られないほどの快感を引き連れて体じゅうを震え上がらせる。
欲を吐き出しても尚、この体がどれだけ感じ入っているかを知って欲しいと言わんばかりグレンの手にペニスを擦り付けた。それほどに、もっとして欲しいという想いが止まらない。
「すっげぇ気持ち良さそうにしてくれんだな、ご主人」
グレンの瞳孔が瞳の真ん中できゅうっと動く。カメラのレンズがリオに焦点を合わせてズームするようだ。目を逸らすことも出来ずにその視線の中に捉えられていると、形の良いの唇がゆっくりと開かれた。
「なぁ、ご主人。女抱けないカラダにしてやろうか?」
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