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6.奴隷と主人(R)
乱れた呼吸がいつまでたっても整わない。時折、上擦った声がこぼれてしまう。
リオはグレンに言われるままに、仰向けになって足を大きく左右に広げていた。今まで誰にも見せた事のない、自分ですら見た事のないところを露わにして。
「んで、どうして欲しいんだっけ?」
「⋯⋯お前が⋯⋯、言ったのに⋯⋯」
「ふは、そう怒るなよ。わかってるわかってる」
ゆるりと尻たぶを撫でられる。整った顔に見下ろされてカメラを越しに覗かれると、肌の細胞が粟立っていく。
両手首は頭上で縛られたまま、ブラウスの釦はすべて外されて胸元を晒し、ついには下半身まで裸にされてしまった。たった今吐き出した精が、どろりと脇腹に流れ落ちていく。
リオの中に渦巻くのは、緊張と羞恥と、劣情、背徳。様々な感情が入り乱れて、呼吸が浅く速くなっていく。
「いいな、その顔」
こんなにもはしたない格好をした自分が、一体どんな顔をしているのかなんて想像も付かない。泣き出さないようにするだけでも精一杯だ。
いつもみたいに表情を繕うことも出来ずにいると、その瞬間を撮られた写真を顔の前に差し出されて、その有り様に目を瞠った。
赤く反り返ったペニスは汁を溢し、艶めいた乳白の液体が淡く紅潮した肌のあちこちに飛び散っている。薄く開かれた瞳は甘えるようにこちらを見つめて、その目尻は僅かに濡れていて。
まるで、レンズのこちら側にいる者にもっと犯して欲しいと求めるような、劣情を煽る表情。
「これが⋯⋯僕、なの?」
「そう。こういうのが欲しかったんだろ?」
知ったような口にすら興奮して、剥き出しのペニスがひくりと揺れる。
この体はこんなにも素直で卑猥なものになってしまった。誰でもなく、奴隷であるグレンの手によって。胸がちりちりと軋むのは屈辱を感じているからなのか、それとも更なる快楽を期待してしまっているのか。
答えは、期待だ。
気が付けばずりずりと股を広げて、続きを乞うようにグレンに向かって自ら秘部を晒していた。
「はやく、僕をきもちよくさせて」
「はいはい。仰せのままに、ご主人様。へばるなよ」
言って、尻の奥の窄まりを覗き込まれる。両手で肉を掴まれ、ぐに、と拡げられると、恥ずかしさのあまりそこがひくひくと収縮してしまう。
「ほんと使ったことねぇんだなぁ」
「あるわけ……ない、……」
「ふは、そっか。女のアナルより綺麗だ」
そう言ってアナルの写真を撮るグレンが、今更ながらに変態に思えてきた。けれど、綺麗だと褒められた事が嬉しくてこの胸は歓ぶ。
もっと褒めて欲しい。そのためならどんな過激なポーズだって、どんな屈辱的な指示だって受け入れる。そう思えるくらいに、グレンの目線と乾いたシャッター音にどんどんと本能を暴かれていく。
そうして何度かシャッターを切られて、印刷口から出てきた写真を見つめた彼は、眉を顰めた。
「ナマのが唆るなぁ」
「ん、ぇ⋯⋯」
「まぁ、レンズ越しも妙にエロく見えて良い」
唆る、という言葉がグレンから出たことに、また胸がきゅんと疼いた。
シーツの上にカメラがそっと置かれる。その仕草はもう、グレンの手が本格的にリオの体に触れる合図みたいなものだ。
思った通り指先が伸びてきて、先ほどリオが出した精液をねっとりと掬い上げる。それをどうするつもりか、なんて、経験がなくても想像がつく。その指の向かう先を見守って、思わず息を飲んだ。
「っ……、ふっ、」
精液をまとった指が、ひくりと疼く後孔の表面に触れる。知らない感触に戸惑っていると、まるでそこをほぐすようにくるくると指先が動き始める。その覚束ない感覚を追いかければ、無意識のうちにそこがきゅうんと内側に窄まって、穴の中に指を招き入れてしまった。
「う、あ、っ⋯⋯?」
細長いものが、体内に侵入してくる。狭苦しく柔い粘膜に、ぬめりを絡めた指の皮膚が直に触れている。想像を絶する異物感にからだじゅうが総毛立つ。
腹の中が圧迫されて、きつくて苦しい。今日、何度も味わう初めての体験の中でも、これは気持ち良いものとは思えない。
「い、痛い。嫌だ」
「なら、やめるか?」
指の侵入がすぐさま止まる。この状況においても、グレンは奴隷として主人の言いつけを従順に守るつもりらしい。
きっと今、リオが「やめる」と言ったらこの行為もすぐにやめてしまうのだろう。
そんなの、もっと嫌だ。
「⋯⋯ほんとに気持ちよく、なる?」
「それが命令だろ? ちゃんとしてやるよ」
不安と期待が入り交じる中、グレンの指が慎重に奥へと入り込む。
時折唾液をつぅ、と垂らし、人差し指がずるずると抜き差しされる。しばらくそうしているうちに、だんだんとその動きがスムーズになっていく。
「もう三本入った。ご主人、素質あるな」
ぎしぎしと軋むベッドでグレンが静かに呟く。
埋め込まれた指が内側で緩やかに動くたび、押し寄せてくる圧迫感に耐えようとして目を瞑る。そうすると余計に、グレンの骨張った指の形を思い出してしまう。カメラを構える指はしなやかで長くて、それでいて関節がごつごつしていてセクシーで。
⋯⋯あの指が、体内に挿れられている。
そう思うと、後ろがきゅうんときつく窄まった。
「おっと、締め付けも良いのか」
空いている方の手でグレンがカメラを構える。数枚撮ればそれをリオに見せて、にやりと微笑んだ。
「ほら見てみな」
見せられた写真に写っているのは、己の精液でべっちょりと濡れた菱形の穴にグレンの角張った指が三本、第二関節まで入っているところで。
「ぅ、ぁあ⋯⋯いっぱい、入ってる⋯⋯」
「なら、こっからが本番」
「ぇ、……?」
聞き返そうとした瞬間、三本の指がずるりと引き抜かれて腹を強引に引き寄せられた。突然の事に目を白黒させるリオを余所に、ぱっくりと開いた後孔に分厚い舌を捩じ込まれる。
「ひっ、あっ⋯⋯!」
喉が引きつる事も知らないと言った素振りで、じゅるりと音を立てながら入り口を強く吸引され、熱い舌で内壁の粘膜を這うように撫で回される。
「ゃ、やめ⋯⋯ろ⋯⋯!」
まさかそんなところを舐められるなんて。気持ち良い事をして欲しいと命令はしたけれど、こんな、排泄器官を舐めるような行為は信じられない。
ぬめる舌が窄まりの縁をちろちろと舐めて、舌先を尖らせて穴の中へ入ってくる。そうして会陰部に鼻が埋まるくらいに密着して、窄まり全体を唇で覆ってじゅぷじゅぷと唾液をまぶしながら舌で濃厚に愛撫される。
「ふ、ぁあっ⋯⋯!」
それ自体に快感はないのに、グレンにそこを舐められている、という事実に脳内が沸騰しそうになった。
気が付けばペニスは再び勃起していて、リオの腹を抱き寄せるグレンの腕に乳白の混じるカウパーが糸を引いて落ちていた。心得たように片手でペニスを扱かれて、一度鎮まった快感が一気に吹き上がる。
「ぁっ⋯⋯! ぁああっ!」
あっという間にびゅるりと溢れた白濁はグレンの手をどろりと汚す。生温かい精液がリオの腹や胸元にまで流れてきて、性の匂いが部屋じゅうに広がっていく。
「奴隷に尻舐められて興奮してんのか?」
違う、と言いたいのに、リオのペニスは言い逃れできないほどに赤く腫れて、グレンの手の中で血管を浮き立たせて脈打っている。
グレンの言う通りだ。興奮している。尻の穴を、グレンという奴隷に舐められて。
「⋯⋯ぅ、んっ⋯⋯」
「素直なご主人は可愛いな?」
その甘く掠れた声に、耳が震える。可愛いなんて言われて嬉しいはずがないのに、目を細めてそんな事を言われたら、褒められたのかと錯覚して、こんな辱めですら受け入れて許してしまう。
もっと褒められたい、もっとグレンに求められたい。
さらに褒美のようにアナルに口付けられると、ほぐされたそこが胸の鼓動と連動するようにきゅんきゅんと収縮した。
「あぁそうだ、写真も撮らないとなぁ」
熱くなったペニスから手が離れていくのが切ない。もっと激しく擦って、扱き上げて欲しいのに。
もう写真なんてどうでも良かった。とにかく、グレンに可愛がられるにはどうすれば良いのか、そんなことばかり考えていた。
「尻の穴で上手にイケるところ、しっかり撮ってやるからな」
カシャ。カシャ。
上手にイケたら、またご褒美を貰えるだろうか。あの声で可愛いと言って、目を細めてくれるだろうか。
高まる胸を押さえるように、ふたたび後ろに挿し入れられる指の感触を追いかける。随分と柔らかくなってしまったそこに、ぐにぐにと奥の方まで指が埋め込まれて、その感触を自覚するほどにペニスから腺液がはしたなく零れる。
「ほら、また三本入ってるぞ、わかるか?」
「んぅ、⋯⋯ゅ、び⋯⋯入って⋯⋯ぅ、」
カシャ。
どうしてこの体は、こんなにもこの男に向かって従順に感じ入ってしまうのか。
たった数日前に奴隷市場で買い付けただけの、何も知らない男だ。知っているのは、耳心地の良い声と、この体に快感を与える巧みなテクニック。そして、シャッターを切る指の仕草と、射抜くような視線。
たったそれだけなのに。
カシャ。カシャ。カシャ。
まるでこの体の隅々までを知り尽くしているような言動に、言いなりになってこの身のすべてを捧げてしまう。妄想なんかよりももっと鬼畜に責められ、犯されているのに、身悶えて喘ぐ事しかできない。むしろそれを欲しがる体が、グレンに触れられるたび媚びるように悦んでしまっている。
「上手に俺の指飲み込んでるよ。もう根元まで入る。ほら、気持ちいいな?」
「ぁ、ぁ、あ、っ……んっ……!」
じゅぷじゅぷと指を出し入れされ続けて、擦られるたびに腹の内側が熱くなる。
後ろの穴で気持ち良くなるなんて信じられないのに、暗示をかけるようなグレンの声に身を委ねているうち、まるでそこが性感帯のひとつのように思えてきてしまう。
触れられていないペニスが芯を持ってひくひくと揺れているのが、感じ入っている何よりの証拠だった。
カシャ。カシャ。
どこまでもはしたなく恥ずかしい己の体から目を逸らすように、ぎゅっと瞼を閉じる。そうすると今度は、耳の中に鮮明な音が入ってくる。ぬちゃぬちゃと粘つくような水音はこの体から快感が溢れ出す音のようで、羞恥が焼き切れそうなのに、リオの小刻みな息遣いはシャッター音に呼応するように乱れていく。
「ぁ、はぁ、は、……っ」
「ヨくなってきたか? ご主人はいいこだ」
グレンがカメラをシーツの上に放り出す。その仕草に更なる刺激を察するやいなやグレンの手にペニスを握り込まれて、やっと与えられた直接的な快感に、暴発するように先端から白濁がびゅるると飛び出た。
「んっ⋯⋯! んぅ、ぁあっ……!」
絶頂のせいで収縮する穴がグレンの指をきゅうきゅうと締め付けて、その感触がたまらなく気持ち良い。浅く達しているのに、もっと奥まで刺激が欲しくて自ら腰を動かし指を誘い込む。ナカに埋め込まれた指はバラバラに動かされて、臍側の一部を掠められると貫くような痺れが全身に駆け巡った。
「んぁあっ⋯⋯! あっ⋯⋯!」
それだけでおかしくなってしまいそうなのに、グレンは扱く手を止めようとしない。達したばかりで敏感な亀頭を、絞り上げるように激しく扱かれる。同時に内部のしこりを何度も擦られ、鋭い快感が下腹部で渦を巻いた。
「ぁっ、ぁあっあっ⋯⋯! だめ、だめぇ⋯⋯!んぁあっ⋯⋯!」
怖い。気持ち良い。もう、どうなってしまうのか分からない。これ以上擦られたら体が崩壊してしまう。体の奥の奥、知らないところから何かが迫ってくる。なにか、出てはいけないものが。
「ぁ、あっ⋯⋯! ぁあっ!」
もうやめて、助けて、と願っても、グレンの手は容赦無い速さでリオのペニスを扱き上げる。
体が危険信号を光らせている。それなのに、縛られた両手では抵抗することなんてままならない。
グレンの瞳がぎらぎらと光ってリオを射抜く。あの監獄で感じた視線だ。まるでその目の奥に焼き付けられているような眼差しの中で、体が震え上がっていく。
そうして直腸内の指が、しこりを強く押した、刹那――。
「っ⋯⋯ぁあっあっ⋯⋯! 出る⋯⋯! で、る⋯⋯っ!」
ぴしゃあ、と勢い良く何かが放出されて、同時にリオの視界に星が散った。
宙を舞って降り注いだのは、無色透明のさらさらとした液体。その光景に絶句して、リオの目尻から涙がこぼれ落ちた。
「あっ⋯⋯ぁっ⋯⋯!」
排尿のような放出感に全身を包まれて、下半身が小刻みに痙攣する。
漏らしてしまった、と絶望するリオを他所に、びゅるびゅると液体を噴き出すペニスを扱くグレンの手は止まらなかった。
「だ、め⋯⋯っ、んぅぅ、っあぁっ⋯⋯!」
まるで蛇口から水が出るみたいに、擦られるほどにペニスがびしゃびしゃに濡れていく。制御できない体を包み込むのは、今までに体験したことのないほど深く鮮烈な快楽。
と同時、己の腹をぐっしょりと濡らして、グレンの手もシーツをも汚していく様は、死にたいくらいの背徳感を煽った。
「初体験で潮吹くとはな」
そうして最後の一滴までを絞り出されて、やっと手が離れた。
は、は、と切れ切れになったリオの呼吸が部屋に響く。体は小刻みに震えて、胸の奥では心臓が速い鼓動を刻んでいる。快楽がじんわりと尾を引いて、全身がたまらなくきもちいい。
今まで味わったことのないほどに強烈な快感に浸されているのに、相反するように浮き彫りになっていくのはあられもなく醜態を晒した己の醜さだった。
爛れた精を吐き切ったこの体はこの上なく浅ましく、死にたいくらいの恥辱に襲われているのに、耳が拾い上げるのは相変わらずのシャッター音だった。
こんなにも下品な姿さえ撮られているのだ。
淫らな写真を撮って欲しいと、命令を下したのはリオだ。この体に触って欲しいと命令したのも、そしてその先の快楽を求めたのも、全部リオだ。
この、奴隷の男に。
なんて愚かな貴族なのだろう。いや、最初から自分は愚かな人間だった。これと言った趣味を持たずに、己の体にしか興味がなかった。親友の誘いを断り、自室に籠って人に言えないことばかりを繰り返して。挙げ句に、奴隷を買って自分のおもちゃにしようとした。華やかに着飾っているのは外見だけで、中身はもともと愚かな人間なのだ。
快楽だけを求めて、他人の前でこんなみっともない姿を晒す、醜くて恥ずかしい人間だ。救いようも無い。
「おい、泣くな。ご主人」
グレンの声に意識が引き戻される。頬に伝う冷たい幾筋もの涙。リオは泣いていた。
大きな手のひらが頬を包む。こんな醜態を晒しておいて奴隷に慰められるだなんて、滑稽で仕方がない。縋る事すら出来ない。
頭では分かっているのに、グレンへの欲求は未だにおさまらない。この男はこんな姿の自分を受け入れてくれるのだろうか。救ってくれるのだろうか。などと、無意識に求めてしまいそうになる。
こんな自分は、訳が分からない。
ゆらりと、視界が微かに暗くなった。グレンが体を倒してきた事に気がついて目を上げると、突然唇を塞がれて。
「ん、ふぅ⋯⋯っ」
痺れるような甘さが全身の細胞からどっと溢れる。抵抗しようとしても、熱い唇に息さえも飲み込まれた。隙間から緩やかに舌を差し入れられ、宥めるように髪を梳かれて。柔らかい唇が何度も重なって、求め合うように舌が絡まり合う。
底のない穴に落ちていく。
それは、初めてのキスだった。
◆
気が付くとリオは自室で一人、眠っていた。体は清められ、寝具や衣服は清潔に整えられている。
時計を見れば夕食の時間はとうに過ぎていた。扉の横にはドリーが用意したのであろう夕食が、ワゴンで届けられている。
皿を自室に運び、ひと口、ふた口と食してみるが、まるで味がしない。
先程までの出来事は、夢だったのだろうか。という思いも、下半身の覚束ない感覚が現実を思い知らせる。
グレンの手に体じゅう暴かれて、信じられないほどにこの身を振り乱した。それだけでなく、彼の前で涙を流した。
逃げてしまいたいほど恥ずかしいはずなのに、リオの胸に広がっていたのは羞恥や屈辱ではなかった。
心臓がトクトク、と静かに脈打つ。目を瞑れば、浮かび上がるのは己に覆いかぶさるグレンの姿で。
「グレン⋯⋯」
名前を呼んでみると、胸の中にその名が染み込んでいくように広がる。
この気持ちの名前を、リオは知らなかった。
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