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12.夜会

 晩餐舞踏会の夜。  招待客を集めた大広間では、煌びやかなシャンデリアの下、優美に装飾されたドレスがあちこちで踊っている。  真っ赤な口紅を引いた女性達の笑い声、権威を誇示する紳士達の熱気。それらを包み込むように演奏されるリズミカルなピアノの音色が、集った紳士淑女の色めき立つ空気を艶やかに彩る。 「妙な動きをする奴が居ないか常に見張っていろ。それと、僕に付きまとう必要はないけど僕からは目を離すな。いいな? 誰かにお前を紹介するときは奴隷ではなく僕専属のバトラーとして紹介するから、それらしく振る舞え」 「仰せのままに」  長い黒髪を後ろで一つに束ねたグレンは燕尾服に身を包み、同じく格式高い燕尾服を纏うリオの隣に立って大広間に集まる客人を眺めていた。その首元にはリオが選んだスカーフが巻かれ、奴隷の証明となる錫の首輪は他人からは見えない。 「それにしても、すげえ人数集まるんだな。こりゃあ護衛も必要か」 「父上の人脈は広いからねぇ」 「へぇ、そういや挨拶がまだだったな。俺の存在って知られてるのか?」 「さぁ。使用人の顔なんて覚えない人だから」  そういうリオも、父親にグレンのことを紹介するのを忘れていたわけだが。本来ならば奴隷を紹介するというのもおかしな話だが、今日みたいにバトラーをさせるのなら、一声掛けても良かったかもしれない。 「そりゃそうか。⋯⋯で、この中にお前のおともだちはどれくらいいるんだ?」 「三人くらいかなぁ」 「すくねえな」 「三人で充分だろ? それに、今日は商談の約束が何件か入ってるんだ。商人が到着したらお前も付いて来い」 「はいはい、かしこまりましたよ」  ルシーダ家の夜会の主な目的は、貴族たちの親睦である。大食堂で夕食を嗜みながらおしゃべりするのも良し、大広間で男女ペアになってダンスするも良し。もしくは、遊戯場でカードゲームを愉しむ者もいる。  それからもう一つ、招待客が連れてくる商人にとっては、社交界は取引や交渉の場となるのだ。  ふと見た先、シャンデリアが反射してきらきらと輝く人々の波の中に、快活な笑顔を浮かべて右手を振る青年がいた。噂をすれば、約束の相手の到着だ。 「やぁ、アンディ。それにカナリアも」 「リオ! 悪いな、遅れちまって」 「御機嫌よう、リオ様」  カナリアは以前見た時よりもずっと美しい少女になっていた。華やかなドレスを決して着こなせているわけではないが、堂々とした立ち振る舞いが自信の表れであり、アンディから手塩にかけられているのだろうことが一目で分かった。 「ん、そちらさんは?」 「あぁ、この男はグレン。僕のバトラーとして雇うことになった」  すぐ後ろにいたグレンに気がつき、すかさず訊ねるアンディ。あまり深く突っ込まれないように、そつなく答える。 「へぇ。執事にしちゃ良い服与えてんだな」 「それはお前も同じだろ?」  カナリアのことを突くと、それもそうかと笑う彼の爽やかさはやはり一級品だ。嘘偽りのない、透き通る笑顔。さすがである。  カナリアを紹介してもらったとき、アンディははっきりと「奴隷市場で買ってきた」とリオに教えてくれた。だが、リオはグレンのことをアンディには言わなかった。こんなところでも、二人の本質がまるきり対照的なのだ。  リオは、昔馴染みの友人にさえ真実を言う気は無い。グレンが、本当はバトラーなんかではなく密撮という変態行為をさせている奴隷なのだということなど。  欲望のために友人に平気で嘘を吐けるなんて、不誠実極まりないことだ。  けれど何があっても明かすつもりはない。リオの本当の姿を知っているのは、今のところこの世でグレンただ一人だ。グレンが口を割らない限りは、リオは聖人君子でいられる。  これは、二人だけで共有している絶対的な秘密なのだ。 「あ、そうだそうだ。連れて来たぜ、前に話した写真屋だ。いろんな種類のカメラ持って来たってよ」  紹介されたのは本日のメインディッシュでもある、商談の相手だ。慎ましやかに会釈をした中年の紳士が、アンディの後ろで大型のトランクを引いている。  待ってましたと言わんばかりの笑みで早々に挨拶を済ませたリオは、写真屋御一行とアンディ、カナリア、そしてグレンを連れて応接室へと向かった。

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