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13.彷彿

「こちらが二眼レフカメラ。そしてこちらが小さく折り畳めるスプリングカメラです。屋外での撮影でしたら、こちらのフィールドが良いでしょう。メーカーによっても細部が異なりますので、是非お手に取ってご覧ください」  ごと、ごと、とテーブル上に数十台のカメラが並べられていく。  広い応接室の真ん中に置かれた大きなテーブルに商品を並べ、そこで品定めという名の商談を行うのが毎回の夜会での決まりだ。  密撮にハマるまでアンディと一緒に猟銃や毛皮の商談を受けたりしていたが、どれもこれも本当は興味がなかった。  商談がこんなにも胸高鳴るのは初めてのことだ。  興味津々にテーブルの上を右に左に目移りするリオと、珍しいものに関心を持つような表情のアンディ。カナリアとグレンはそれぞれの主人の三歩程度後ろに下がり、その様子を眺めている。 「へぇ、カメラってこんなに色々あるんだなぁ。それにしても、リオがカメラにハマってるなんて知らなかったぜ。どんな写真を撮りたいんだ?」  並べられたカメラを見ながら、アンディが純粋な質問を投げかけてくる。  もちろん「裸の自分の写真」だなんて言えるはずもなく、「風景とか空とか」と適当にはぐらかしたとき、背後から感じるグレンの視線にぎくりとしたが、気にしない。  似たり寄ったりなカメラの一つを適当に手に取り、分かりもしないのにあちこち触ってみる。商人によるとそれぞれに適した用途はあるらしいが、どれも似たような形をしていて区別が付かない。強いて言うなら重さが少しずつ違うくらいなもので、リオにしてみれば全部同じだ。 「一番高画質なのはどれだ?」 「そうですねぇ。風景や空の撮影でしたら、これなんかがおすすめです。少々専門的な知識が必要ではありますが、おぼっちゃまが撮影技術に長けていらっしゃるのでしたら、是非ともこちらがおすすめです。少々値が張りますが、貴族様くらいでないとなかなか手に入れられない貴重なカメラですよ」  カメラの専門的な知識など持ち合わせているはずもない。だが、失敗もしたくない。それに、撮影は屋外ではなく自室内がほとんどだ。というか、自室内でしか行わないだろう。となれば、商人がオススメしているカメラでなくても良いのかもしれない。いずれにしても知識のないリオでは決めきれない。どのカメラを買うのかなど、ギャンブルに近い。しかし。 「⋯⋯お前はどう思う?」  後ろに立っている男にすれば、そうではないだろう。  まさか密撮用のカメラを探しているなど微塵も感じさせないほど淑やかに振り返り、先ほどから感じていた視線を絡み取る様にして、持っていたカメラをグレンに手渡した。  応接室内に、僅かに戸惑いの空気が流れる。それはそうだ。貴族が使用人に判断を乞うなど、本来ならばありえないのだ。けれど、渡されるなり慣れた手つきでカメラをいじるグレンを見て、商人も目の色を変えた。 「おや、貴方は随分とお詳しそうですね⋯⋯」 「⋯⋯主人が風景や空の写真を撮るときに、私が援助できた方が良いので」  もっともらしい台詞は、その場にいた者を納得させた。  そのあとも、まるでこれまで何度もそれに触れたことがあるかのようにいくつかのカメラを手に取り、裏蓋を開閉したり上部に付属するダイアルを回したりして操作を確認しているグレン。その中のひとつに目星を付けたのか、さりげなくレンズキャップを外して、ちらりと商人に目配せをした。 「試し撮りしても?」 「もちろんですとも」  さすが、元カメラマンなだけある。これがリオだけの商談だったなら、きっと一番高級だと言われたカメラを、使いこなせもしないのに商人の口車に乗せられたまま購入してしまっていたことだろう。今使っているカメラだってそうだ。街の商店で、店主に薦められたものを買っただけだった。 「なら、試しに⋯⋯ご主人、目線くれ」  そうしてグレンがファインダーを覗いて、焦点を合わせたのはリオの姿だった。  カシャ。  聞き慣れた乾いた音が、一度鳴る。  瞬間、ぞわりとした性感がリオの全身を走り抜けた。  ――なんだ? 今の。    突然撮られたことへの驚きとか戸惑いとは、何か違う。  カメラは変わらず先ほどと同じようにリオを捉えて、深く黒く光るレンズの真ん中にその姿を映し出している。  そうしてレンズの向こう側にグレンの瞳を感じた、そのとき。  カシャ。 「―――っ!」  ある映像が脳内フラッシュバックして、体の芯が震えた。  カシャ。カシャ。  ぎらりと反射するレンズに写るのは、シーツの上で淫らに蕩けた自分の裸だ。あの夜、二人きりの自室で何枚も何十枚も撮られながら、その手で体の弱いところを長時間かけてたっぷりと愛撫された。シャッターを押されるたびに興奮して、そのたびに気持ちいいことをされて、何度も何度も絶頂まで高められた。  黒いレンズとその向こうにある灰色の瞳に見つめられながら、こんなふうに――。  カシャ。カシャ。  シャッター音が響くたびにその映像が脳内で流れて、視界が暈け始める。体の内側が熱くて呼吸が浅くなり、下半身が締め付けられるように苦しい。  こんなの、だめだ。ここは商談の場で自室ではない。目の前にはアンディも居るし、カナリアだっている。こんな公の場で、グレンにしか見せたことのない姿を晒すわけにはいかない。  頭では分かっているのに、やけに冴えた耳がシャッターの音を拾い上げてしまって、無意識に体の深部が疼いてしまう。 「⋯⋯っ、は、⋯⋯っ、」  苦しい。じれったい。  その音を聞いたら、体を触られたくなる。  ついに立っていられなくて、ふっ、と足から力が抜けた、その瞬間。 「おい! ご主人!」  くらりとよろめいたリオの体は、その場にいた誰より先にグレンによって抱きかかえられていた。 「リオ!?」 「リオおぼっちゃま!」  一拍遅れて、アンディや商人が駆け寄ってくるが、彼らの顔を見ることすら叶わない。それくらいに息が乱れて、疼く体が暴発してしまいそうで。グレンの腕の中に隠れるように、身を縮ませて顔を伏せた。 「すまないが、主人は体調がすぐれない。しばらくご退室願えるか」  グレンの声が近くで聞こえて、そんなことにすら感じ入ってしまう。一体、この体はどうしてしまったというのだろう。   「もちろんですとも。商品は後日改めて伺いますゆえ、なんなりとお申し付けください」 「リオ、平気か⋯⋯? ⋯⋯グレンさん、リオのこと頼みますね」  商人とアンディたちが応接室から出て行く音が聞こえて、重い扉ががちゃりと閉められれば、そこは二人だけの空間になってしまった。  グレンに支えられながらそのままゆっくりと床に座り込むと、応接室のふかふかした絨毯が二人を迎えた。  遠くに聞こえるのは、客たちの愉しげな談笑や軽快なピアノのメロディ。耳の奥に広がってゆく音はやがて心音とぶつかって、耳鳴りのようにぐわんぐわんと意識を揺らす。 「ご主人、落ち着いたか⋯⋯?」  抱き締められながらそんなことを言われたって、答えはノーだ。ふるふると首を振ってリオを包む腕をぎゅっと掴む。グレンの腕から伝わる熱が、余計にリオの体温を上げていく。 「お前、もしかして⋯⋯」 言いながら股間をまさぐられて、びくんと体が跳ねた。 「ばか、急に触るな⋯⋯果てたらどうするんだ⋯⋯」  呼吸を乱しながらも、躾のなっていない手の甲をきゅっと抓ると、男の口元が不意に笑う。その表情はなぜか愉しそうだ。 「シャッター音で興奮したのか? いやらしい体だな」  今度は極めて優しい手つきで、内腿を撫でられる。こんな所で、はしたない。と思う自制心を裏切るように、ざらざらした声が耳元でくつくつと笑って、性感が昂っていく。 「どうする? ここで抜くか? それとも、客人が帰るまで我慢できるか?」  ここで、だなんて駄目に決まっている。絶対にだめだ。それなのに、揺らぐ理性が判断を鈍らせる。悪戯な指にジャケットの釦を外されて、呼吸がしやすくなったかと思ったのも束の間、熱くなった耳に息を吹きかけられて、思わず「んっ、」と声が漏れ出る。そうして大きな手のひらにシャツの上から胸元を撫でられた時、ぎりぎりのところで繋ぎ止めていたリオの理性が崩れ落ちる。  もっと触ってほしい。  気持ちよくしてほしい。  犯してほしい。  ひとつ扉の向こう側には、着飾った貴族たちの華やかな夜の時間が流れているというのに。  ここにあるのは、奴隷の手によって晒されていく淫らな本能だけだった。  欲望にまみれた瞳がわずかに潤む。リオは甘えるような声で、爛れた身を包み込む奴隷に命令を下した。 「ここで⋯⋯シて」

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