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第2話
休み時間が終わり、男が急いで教室に戻る。
この男、休み時間になる度に呼び出されてチョコレートを渡され、教室に戻る途中で呼び止められてまた渡され……、なんなんだ、何故こんなに婦女子を虜にしてるんだ!? もしかしてアレか、恋をしちゃったら本人が精霊の力を持っちゃって輝いちゃうやつか!?
まぁ、それはさて置き……、教室に戻ると俺の意識がぎゅんと引っ張られ、一人の男子の元に飛んで行きたくなる。そう、あれがチョコレートを渡したい相手だ。
正直、地味。小柄という程ではないが痩せていて、運動はできそうもない。長めの真っ黒な髪が野暮ったく顔を隠していて、更に眼鏡までしている。特筆するのは手だ。指が長くてすらっとしている。女子のようにやわらかな感じではなくて適度に筋と骨が見える。この男、最初はあの手に惚れたらしい。そしてよく見ると可愛い顔に笑いかけられてノックダウンされたようだ。
よくある恋だと思う。むしろ、恋に恋する思春期にはありがちなやつなんだが……、何がこんなにこの男を惹き付けているんだろう。この男の想いから生まれたとはいえ、長い時間を共にしていない俺には二人の歴史はわからない。わかるのは、この男があの眼鏡の男子にベタ惚れという事だけだ。
授業の時間をソワソワとして過ごす。昼食の時間になり、また呼び出されて内心うんざりしながらも笑顔で対応する。廊下で、教室で、眼鏡の男子を見る度に胸を高鳴らせて、そっと宿主であるチョコレートに触る。
──そんな事しててもしょうがないだろ! 呼び出せ!! そして告白しろ!!
俺がいくら叫んでもこの男には届かない、でも理解ってる。一番そうしたいのはこの男なんだ。俺がこんなにも眼鏡の男子の所に飛んで行きたい気持ちになるんだから。
また休み時間に呼び出された。断るって事を知らないのか? そして女子、告白とセットじゃないなら呼び出さないでやってくれ……。こんな形してこの男、好きな男にチョコレート一つ渡すのにもビクビクする程乙女なんだ。だって、俺には見えている。
「好きです。付き合って下さい」
そう言って涙ぐんで差し出したそのチョコレート、それには俺の仲間が憑いてない。つまりは、そんなに本気じゃないって事だ。
なのにこの男、申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに「ごめん。気持ちは嬉しいけど、好きな人がいるんだ」と断っている。断る度に『ごめん』の気持ちが俺にまで伝わってくる。好きなのは、眼鏡の男子だけだから、と。
そして、その切ない気持ちを何度も感じるうちに理解ってしまった。この男は、自分の想いが実らないって思ってるんだ。拒絶されるべき想いだと思ってる。だから、自分は好きだと言わずに、相手に自分の想いの代わりにチョコレートを渡すだけでいいと思ってる。
──なんだ、それ!! やってみなきゃわからないだろ!
そう怒鳴りつけてやりたいのに、俺の言葉はこの男には届かない。ただただ、この男の切ない想いが流れ込んでくるだけだ。
ほら今も、遠目に廊下を歩く眼鏡の男子を見つけた。『ジャージの中で身体が泳いでるみたいで可愛い』そんな事を考えて胸を弾ませている。隣を歩く男子が背中を叩いてくっ付いて歩くのに『俺が代わりたい! 腕を掴んでみたいな』なんて思っている。
──友達なんだから腕くらい掴めばいいのに。
でも、意識しすぎて普通の事ができない位好きだって、俺が一番感じてしまっている。
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