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その目には

「……うん、良く出来てる。 これで大丈夫だよ、お疲れ様」 「あ、ありがとうございます!」 「ここ最近根詰めてたからね、明日明後日はしっかり休んで。 今日は定時になったらすぐに上がること。 残業も持ち帰りも禁止。 急ぎのものはないだろうしあるなら上がる前に報告してね、みんなにも言ってる事だから気にせず言って」 「はい、ありがとうございました! 失礼します」 思いっきり体を伸ばす。 辻村くんが入院してから半月ほどが経った。 仕事もやっと一段落つきやっとゆっくりできる。 手帳を開き今日の予定を確認していく。 あとは連絡して資料まとめて……後の予定は、 細々と予定が書かれた手帳の中に『病院』と書いてある。 そういえば今日は辻村くんの経過聞きに行く日だった。 頭をガシガシとかきふと思いつきポロッとこぼす。 「せっかくだし辻村くんに会いに行こうかな」 いや、一応連絡したほうがいいのかな。 連絡先、知らないし会社にのってるやつ見れば、でもバレたら今以上に嫌われそうだし。 んん…… ……アポ無しで行こう! どっちにしろ嫌がられるだろうし、さっさと仕事終わらそ! 両手で頬を叩き気合を入れ仕事に取り掛かる。 ​─────── 「武岡さん、おかけください。 えー辻村さまですがおそらくもう一週間ほどで子宮の形成が終わると思われます。 ので近いうちに退院できるかと」 「そうですか、わかりました。 このあとできれば辻村くんと面会したいのですが可能でしょうか」 「ああ大丈夫ですよ、一応落ち着いているようですので」 「……一応?」 医者がふぅと息を一つ吐き面倒そうに話し出す。 「……体が大きく変化しているわけですので激痛が伴っているはずなんですが、 その、本人から痛みの訴えが全く無く鎮痛剤もほとんど使用していません。 本人は大丈夫だと言いますが、我慢されているのではないかと思われ…… たまにおられるんですよね、痛いのを医者に言わず我慢される方」 面会は許可できますができればご本人からそのあたりのことを聞いてほしいんです。 アルファからオメガに変わっているというだけでかなりの羞恥があるのでしょうし。 医者には隠しても身内や親しい人には言う可能性もあるので。 「って言われてもねぇ…… 僕相手でも隠しそうだしうーん……」 「武岡様、お待たせいたしました」 声をかけられ振り向くと病院服に身を包んだ、前より少し痩せたように見える辻村くんがいる。 「それでは失礼いたします。 もし何かあればナースコールを押してください」 「はい、ありがとうございます。 ……辻村くんちょっと庭の方に行ってみようか」 「……」 何も言わずについてくる。 庭にあるベンチにつくまでに緊張をほどこうと当たり障りないことを話しかける。 「……今日は暖かいね。 もうすぐ夏になるし一気に暑くなるんだろうけど」 「あの! たけ、おかさん…… その、‥‥…治療費とか払ってもらってすみません。 こんないい病院で絶対高いのに全部任せっきりで」 「いいんだよ、ほら立ち話も何だから座ってよ」 「……失礼します」 二人用と思われるベンチの端と端にお互いに腰掛ける。 間には子供一人なら座れそうなスペース。 ちょっと詰めれば埋まるスペース、でもお互いにそれ以上詰められない。 そよそよと心地よい風が吹く。 お互いにどう切り出せばいいのかわからず気まずい時間が続く。 「んん、そうだなぁ何から話そうか…… そう、だな、んん、その、僕が噛んでしまったうなじの方は大丈夫かい?」 「……うなじの噛み跡、ただの傷跡らしくてもう少ししたらきれいに治るだろうと言われました」 「え、あ、ああ、よかった。 傷跡にならなく、て……」 これで僕と辻村くんは番になれていないことがわかってしまった。 わかっていても本人から言われるのはまたダメージが違う。 いや、それよりも。 「……辻村くんは聞いているのかな。 んん、その……」 「……聞いてます。 俺の体がアルファからオメガに変わっていると」 「……」 辻村くんが膝の上でぎゅうっと拳を握りしめる。 ひどく悔しそうに、辛そうに。 「原因がわからないんだとも聞いています。 ……武岡さんに噛まれたことが原因かもしれないし違うかもしれない。 後天性かもしれない、検査ミスだったかもしれない。 でも、わかるのは俺はもうアルファじゃないってことだけで」 「……辻村くん?」 様子がおかしい。 顔の横に手をやりかきむしり始める。 「俺はアルファじゃなきゃいけないのに。 オメガなんて、オメガになったら俺はどうすれば…… 俺は父さんに、父さんたちに返さなきゃいけないのに。 俺のせいで……どうしよう、俺は、また、おれはどうすれば、だめなのになんで、おれ」 「敦斗!」 かきむしる手を掴むと怯えた子供のような顔が向けられる。 不安そうに目がキョロキョロと動く。 「あ……すいません、ごめんなさいごめんさいごめんなさい。 おれ、おれ、どうしよう、どうすれば、なんで。 まただめで、おれがいるから、おれのせいでおかあ」 「敦斗、落ち着いて。 今、君の目の前にいるのは誰? ……敦斗、僕を見て」 「ぇ? ……た、武岡さん、です」 びっくりしたような表情を向ける辻村くんの頭を撫でる。 「……急だからびっくりしたね。 大丈夫だから、大丈夫だから」 ゾワッと顔が引きつったと思えばバチィっと手を弾かれる。 「触るなぁぁ!」 怯えた目から好戦的な獣の目に変わる。 ああ、この目。 嗜虐心が高まる。 今すぐにでも食らいついてやりたい。 前見た、あの時の目がまた見れるのだろうか。 あの時のように組み伏せて泣かせて…… 欲望のまま手を伸ばし触る直前に辻村くんの体がベンチから転げ落ちる。 ドサッと鈍い音でハッと我に返る。 「辻村くん!」 顔を真っ青をにしてお腹をおさえてうずくまる辻村くんに手をのばす。 「大丈夫かい、今医者呼ぶからっ」 ガシッと腕を掴まれる。 折れるんじゃないかと思うほど強く強く。 「さわ、るなっていってんだろ……」 弱々しくも抗おうとする姿。 どこまでも反抗的でにらみつけるその目が、 「あーくそっ!」 シュルッとネクタイを取り無造作に辻村くんの目の上に落とす。 「な、なにす「僕が限界だから! もうこっち見ないで!」 顔を背け紛らわせるように自分の左手を噛む。 血が出ていることにも気を止めず荒い息のまま噛み続ける。 「ごめん、ベンチに戻したいけど限界だから、 少しだけ、もう少しだけ、ナースさんたちが来るまで待って」 右手を掴まれたまま左手は血が出るほど噛んで端から見たらおかしな絵面だろう。 けれどそんなことを気にしている余裕もまったくなくて。 少しでも気を抜いてしまえばまた前のように襲ってしまいそうで。 ナースたちが駆け寄ってきているのが見えて脱力する。 右手を動かそうとすると何かが引っかかった感覚がする。 目だけを動かし見れば怯える子供が親にすがりつくかのように両手で握りしめられている。 表情はわからないけれどカタカタと震えていて。 痛みに耐えているわけではなく親に叱られる前の怯える子供のように見える。 さっきとは全く違う様子に戸惑ってしまう。けど、 握りしめられた手を握り返す。 はぁぁ……と大きくため息をつく。 「かっこつけたいのにさ、全くかっこよくないしなんならダサいよなぁ、僕。 ……辻村くんの前だといっつもこうなるんだから」 本当なら大丈夫だよ、僕がいるからなんて声をかけてあげたい。 でも僕にはそんなことは言えなくて、できなくて。 辻村くんだってそんな言葉は望んでないはずだから。 辻村くんがストレッチャーに乗せられ運ばれていく。 その目は僕を捉えることなく遠くへと行ってしまう。 心配そうに声をかけてくるナースに落ち着いてから行きます、と声をかけ膝を立て座り両手で顔を覆う。 自分のことが嫌になる。 また欲望のままに手を出してしまって。 見境なく襲いかかる獣となにも変わらない。 守りたいのに大切にしたいのに。 僕は、君のことを 「……傷つけたくないのに」

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