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2人の距離

「……辻村さん、なんや、えー、その……オレはレオから先になんとなく話は聞いとったさけぇ、その、この度はほんとに申し訳なかった。 オレがせんかったら起きんことやったと思てる。 こんなんじゃなんの償いにもならんけど、頭だけでも下げさしてほしい」 カウンターに頭がつくんじゃないかと思うほど深く深く頭を下げられる。 突然のことになんと答えればいいのかわからず立ち上がりうろたえる。 「あの、マスター頭上げてください。あの、俺は……気にしてないわけじゃない、けど、もうどうしようもないことですし。 そんな頭下げられても俺もどうすればいいのかわからない、ので」 「……辻村さんは優しい、いんや、強い人やなぁ」 「……俺が? 俺は、強くなんか」 「いんや、大抵の人はな、怒りに任せて相手を罵倒して挙げ句に手を出すんよ。オレも殴られるくらいの覚悟しとったけど、辻村さんはせんかったやろ。自分の気持ちを抑えて、対処できるんは強い人や。レオとは大違いや。 ……せやから惹かれたんやろうか」 「……?」 まあ座ってくんさい、と促され素直に座り直す。 「辻村さんがレオのこと嫌ちょるのもわかる。そりゃあ、あんな奴やし……やっちょることもなぁ。 けど、オレは昔を知っちゃるさけぇ、あんときに戻るぐらいなら、こっちのほうがましやと思てる。 ……あんな楽しそうに喋ってるレオは初めて見たんよ。 オレのエゴやけどさぁ、末永く付き合ってくんさい。アイツのあの行動にも意味はあるさかい」 「あの、俺と武岡さんと付き合ってないんですけど」 「ああ、知っちょる知っちょる。でーら嫌われとるってゆーてたからなぁ。なんや、番? としてがお互い一番えいんかもしれんが、まあ無理やろうとは思てる。ただぁ、たまにこうやって飲んで話し相手になってくれたら、オレは嬉しなぁ」 「……」 「……辻村さんは、本当にレオのこと嫌いなんけ? 今日はいつもとちごうて喋ん方がなんかぁ砕けちょるさかい。いつもは『私』なんて固い言い方しちょったと思うげんけどなぁ」 「あっ、俺、じゃなくて私は」 「えいえい、オレもこんな喋ん方しちょるし気にせんでえい。 それにこっちのほうがとっつきやすくて、オレは好きやなぁ」 「……恥ずかしいんでやめてください」 恥ずかしさで顔が火照る。 ごまかすように水に手をのばし熱を冷ます。 「ごめんおまたせ」 「すみません、ちょっとお手洗い借ります」 武岡さんに顔が火照っているのを見られたくなくて、顔を隠すように席から立ち上がる。 「どうしたの」 ぱしっと腕を掴まれる。折れるんじゃないかと思うほど強い力で。 「いっつ……」 「顔真っ赤にして、もしかして体調悪い? やっぱり無理してたんじゃ」 「レオ! 離してやらんか、痛がっちょるやろうが!」 「あ、ご、ごめん……」 「……大丈夫です、お手洗い借ります」 目を合わすこともなく辻村くんが行ってしまう。 ドカッと椅子に腰を下ろす。 「……マスター」 「なんやちょっと喋っとって辻村さんが照れただけや。 オレは手出したりなんぞせん。レオ、おまんがいっちゃん知っとるやろうが」 「……ごめん」 「なんや素直すぎて気味悪いのぉ。 ……辻村さんはほんとえい人やなぁ。おまんにもったいないぐらいや」 「……うん」 「……あれ以来ヤってないんに落ち着いとるなぁ。 いいんか悪いんかはわからんが……そんなわかりやすう落ち込むのやめてくれんけ。 調子狂うんや」 「……うん」 「おまんがあんなふうに誰かに執着しちょるんは初めてやないんか? 相手をとっかえひっかえしちょったレオがなぁ。 後で手掴んだことちゃんと謝り」 「……ねーマスター、どうすればいいかなぁ。僕、ほんとにわかんなくてさぁ。 僕はさぁ、傷つけたくないんだよ。でもさぁ、わかんないんだよ」 カウンターに突っ伏しウジウジと愚痴る。 「……本気なんやなぁ」 顔をあげると目の前にドンッ、とタッパーが置かれる。 マスターがテキパキと周りを片付けながら早口で喋る。 「レオ、これ残りの煮玉子、こっちの卵焼きは辻村さんに渡しとき。タッパーはレオに返すようにゆうとき」 「は? 何急に」 「もーお開きやお開き。戻ってきたら二人して帰り。鍵は開けたまんまでえいさかい。 おまんらの惚気に何ぞもう付きおうてられん。試作しちょるさかいさっさと出ていきや」 扉を勢いよく閉め出ていってしまう。 「……何も惚気けてなんかないんだけど」 「すみません遅くなりました。 ……あれ、マスターは?」 「ああ、今から試作するから帰ってくれだってさ。本当に急で申し訳ないんだけどお暇しようか。駅まで行こうか」 「……はい」 店から出て僕が先に歩き辻村くんは三歩ぐらい離れて歩いている。 周りは帰宅途中のサラリーマンや学生で溢れている。 電話してる人、友達と話す人、大声でなにか喚いている人。 けれど、僕達は街の喧騒なんて聞こえないかのように静かで。 なにも話すことなく駅につく。 「……今日はありがとね、急なお願いに付きあってもらって。 それじゃあ、また。あのこと忘れないでね」 「……はい、あの、ありがとうございました。お疲れさまです」 それから辻村くんは振り返ることなく改札を超えて見えなくなる。 完全に見えなくなったのを確認して僕も帰路につく。 (……ズズッ)

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