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もやもや

「辻村さん午後からやること残ってます? 私書類をパパーっと作ったら連絡待ちだけなんで暇なんですよね。何かあったら言ってください、全然やるので!」 「ありがとうございます、でも私の方も定時までに終われそうなので大丈夫です」 「いやいや、そんなギリギリじゃなくてもっと余裕もって…… あれ、辻村さん、なんか顔赤くないですか?」 言われて自分の首を触る。少し暑い。風邪のときのような……でもなにか違うような。 「あと、なんか甘い匂いしません?」 「甘い、匂い……? いえ、私にはわかりませんが……」 冷や汗が吹き出ててくる。もしかして、これは…… 「んー? あ、でもこの匂いってたしか……」 「すみません、トイレ行ってから行くので先に行っててもらってもいいですか」 「え、辻村さん?!」 足早にトイレへと向かう。 一度自覚してしまえばあっという間に体が熱く、呼吸が荒くなる。 「……何だこの匂い? すっげー甘い匂いが」 「甘い匂いなんてするか?」 「え、ほら、ヒートのオメガの匂いみたいなのが……いやでも、この部署ってオメガのやつなんていないよな」 「事務の方にはオメガいた気がするけどな、でもあの人は」 すぐ近くで人の話し声が聞こえ慌てて近くの部屋に入り込む。 逃げないと。 そう思う自分の意志とは反対に体から力が抜け地面に座り込む。 何もしていなくても体が熱くて、息が上がって、もう立ち上がることすらできない。 外は人の話し声、近づいてくる足音、遠ざかる人の声。 だいじょうぶ。 そう自分に言い聞かせうずくまり、息をひそめる。 もう少し体調が良くなったら、部屋から出て戻ればいい。 少し体調が悪かったって。 仕事も、そんなに残してないから、今の俺でもできる。 大丈夫、大丈夫、もう少しで、 「いた! 辻村くん大丈夫、ではないね。抑制剤……」 覗き見るように顔をあげると汗だくな武岡さんが目の前にいた。 夢、にしてははっきりしすぎている。 体を揺さぶられている感覚もわかる、けれど体がひどく熱くてだるくて。 腕に少し痛みが走ったかと思うと急激に眠気が襲ってくる。 体を抱きしめられる感覚。そして男の人の汗臭い匂いと。 ……ああ、この匂い、前にどこかで嗅いだことがある。怖くて、でも優しくて、どこか安心するような匂い。 なんの匂いだったかな…… 「……抑制剤、効いたってことなのかな」 抑制剤を打ってすぐ、辻村くんは眠ってしまった。 顔が赤いままだけど、呼吸は安定している。 すぐ目の前に獲物が、美味しそうな匂いを撒き散らしながら眠っている。 ごくり、と生唾を飲む。 噛みたい、食べたい、今すぐに。 「……ッ」 自分の舌を噛む。 口の中に血の味が広がる。 ふう、と息を吐き出し辻村くんを抱き上げる。 ここにずっといるわけに行かない。 安全な場所に、いかないと。 僕もすでにかなり辻村くんのヒートにあてられている。 僕が理性を飛ばしてしまう前に。 ノックもせずに扉を開け倒れ込むように部屋に入る。 社長……父さんが駆け寄ってくる。 ぜぇぜぇと肩で息をする。 体制を整えてまず父さんに話を、 伸びてきた手が辻村くんに触れようとする。 ぷつんと、何かが弾け飛んだような音がした。 反射的に辻村くんを抱き寄せ力いっぱい抱きしめる。 「俺の、番に、さわるなぁぁぁ!」 息が上がる。 全身がマグマになったかのように熱くて仕方がない。 目の前が真っ赤に染まる。 伸びてくる手から守るように更に辻村くんを抱きしめる。 強く、離れないように、いなくならないように。 「レオ、レオ! 落ち着きなさい!」 目の前が真っ赤に染まって誰なのか何を言っているのかもわからない。 ただ抱きしめているものを離してはいけない、それ以外何もわからない。 「レオを捨てるような人は、もういない!」 その言葉に体から力が抜ける。 「レオ、良かった。元に戻ったか」 ほっとしたような……父さんの顔。 感情が抜け落ちたものをすぐに口角を上げ笑みを浮かべる。 「すみません……父さん。 辻村くんがヒートを起こしていたので避難するために駆け込んですみません」 「いい、いい。そんなこと気にしなくて。家族なんだから」 「……はい」 「とりあえずこっちのソファの方に辻村くんを寝かせて。 幸子さんに連絡しようか。 それであとは……」 慌ただしく動く……父さんを尻目に深呼吸し少し頭を横にふる。 切り替え、辻村くんを抱き上げソファの方へと向かう。

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