体があつい。 自分がマグマにでもなったのかと思うほどに。 すごく、苦しい。 体が、重い。 体を動かそうにも体中におもりを付けられているかのように重い。 すごく、疲れる。 ひやり、となにか冷たいものがおれの頭をなぞる。 相手を傷つけまいとする、優しい手付きで。 すごく、気持ちいい。 重いまぶたを持ち上げぼんやりとした目で見上げる。 ……女の人？ ああ、早く謝らないと。 もう大丈夫ですと伝えないと。 早くこの場から立ち去らないと。 自分の意志とは反対に体は全く言うことを聞いてくれない。 手が伸びてきたかと思うとまた冷たい、けれど心地いい冷たさがおれの頭を撫でる。 もう少し休んでていいのよ、と優しい声が聞こえる。 目をつむり、心地よさに身を任せる。 母さんが生きていたならきっとこんなふうだったのかな。 頭を、撫でてくれたのかな。 声を、かけてもらえたのかな。 おれの、せいで母さんは死んだ。 おれが、すべてを奪った。 おれが、産まれてしまったせいで母さんは。 おれは、なんで生きているんだろうか。 ずっと誰かに迷惑を掛けるぐらいならいっそ…… ―― 本心が見えないように。 本当の自分の顔を見えないように。 笑顔の仮面貼り付けた。 悲しいことも嬉しいことも怒りも顔に出ないように。 ……このかめんは、どうやってはずすんだっけ。 ―― 「……だる」 足早に社長室を目指しつつ人がいないことを確認して思いっきりネクタイを緩める。 ジャケットも脱いで会社だって言うのに完全オフモードになる。 取り繕うことは得意だ。 笑顔の仮面を貼り付けておけばいい、そうすれば人は勝手に僕をいい人として思い込んでくれる。 けれど、辻村くんの前ではうまくできない。 なぜかわからないけど辻村くんと話すと隠していた自分の顔が、自分の知らない顔が出てきそうになるんだ。 今もそうだ。 仕事に集中出来ないほど、胸がざわついてイライラしてぎゅうっと縮こまるような感覚に襲われる。 何かわからない、この感情。 気持ち悪くて仕方がない。 この感情の答えを知りたい。 社長室をノックして返事は待たずに入る。 「あら、玲於仕事終わったの？ まぁまぁ、そんな怖い顔して」 部屋に入るとソファに横になり膝枕されている辻村くんと 「……母さん来てたんですね。で、社長は？」 「会議中。思ってたより長引いてるみたい。 辻村さんなら大丈夫よ、今は落ち着いてぐっすり眠ってる」 優しく頭を撫でているのに苛立つ。 触るな、と相手から引き剥がしたくなる。 僕以外のやつに触れられた事実が気持ち悪い。 今すぐ感情のまま辻村くんを連れて帰りたい。 ぐっと堪え、表情を作り直す。 「……そうですか、ありがとうございました。 連れて帰るので」 「もう少し、そうね……あと三十分ほど。 今は帰る社員さんでいっぱいだから、もう少し人がいなくなってからのほうがいいわ。 玲於、それまで少しお話しましょう」 無言で辻村くんを引き離し向かいのソファに座り辻村くんを寝かせる。 そんな僕を母さんがクスクスと笑う。 「……なんですか」 「ううん、わかりやすいなって思って。本当に好きなのね。 顔に恋してますってかいてあるわ」 「書いてないでしょ」 ゴシゴシと自分の顔を拭う僕を見てまたおかしそうに笑われる。 「あの……母さん、あのさ」 「別に母さんって呼びたくなかったら幸子さん、でいいのよ」 「……母さんは、母さんだろ。 別に、もうそんな子供じゃないし」 「そうね、ごめんなさい。 それでどうしたの？」 笑みを浮かべる母さんから目をそらし歯切れ悪く。 「……好きな、人が、できた、けど。 どうしても、優しくできなくて。なんか、余裕がなくなるっていうか、イライラするっていうか…… どうすればいいのかなって、考えたりして」 ちらっと母さんを見るとキラキラした目で嬉しそうなのが一目でわかる。 「あらあらあら、まあ、あの玲於がねぇ。好きな人ができたなんて報告される日がくるなんて。 それに玲於が相談してくるなんて久しぶりだし」 「……母さん」 「ううん、ごめんなさい、おちょくってるわけじゃないのよ。 そっかー優しくできないか……それはあんまり気にしなくていいんじゃない？ 大丈夫よ、繋がっていけば変わらない人もいるし、いい方向にも悪い方向にも変わる人もいる。今はいっぱい悩んだらいい、二人で変わっていけばいいの。 間違っても一人で変わろうと相手も変えようとなんてしちゃだめよ。」 言っていることはわかるようでよくわからない。 つまりは変るかもしれないし変わらないかもしれない。 一人で変えてはいけないってどういうことなんだ？ 「今はまだわからないでしょうけど……きっと大丈夫。 それに玲於はもうすでに変わっているわ。以前なら相手のことそんなふうに考えなかったでしょ？」 母さんに問われ黙り込む。 確かにそうではあるだろうけどこれがいい方向に、悪い方向に進んでいるのかはわからない。 ただ、今の僕が思うのは （大切にしたい、笑っていてほしい、番に……） 「そろそろかな。今の時間なら人もあんまりいないだろうしエレベーター使っても人と合わないでしょ。 ……玲於？　大丈夫？」 「……大丈夫です。 ありがとうございました、帰ります」 「足元気をつけて、階段踏み外してふたりとも大怪我、なんて笑えないからね」 「気をつけます」 眠ったままの辻村くんを抱き上げる。 「……玲於」 「何ですか？」 「親の前でくらい素直になってほしいなー、なんて言わないから。 辻村さんの前ではしっかり自分と相手に向き合いなさい。 言いたいことちゃんと言ってケンカもいっぱいしなさい。 ……いい報告を聞けるのを楽しみにしているわ」 「……そういうとこが嫌いなんだよ」