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第8話

 琅一とともに弁当を持たされたしろが、梅林の一角にござを敷いて座ると、琅一もそれに倣った。琅一に触られると、しろは花びらが零れるのもかまわず、笑うようになっていた。 「しろさん、ここはいいところだな」  どこからともなく聞こえてくる鳥の鳴き声に耳を澄ませていると、不意に琅一が言った。 「そうかな? 何もない郷だよ」 「何もないかもしれないが、そこがいい」 「そう、なのかな」  二人は既に色々な話をする間柄になっていた。しろが話を振ることの方が多いし、最近は一緒に勉強などもしているせいか、距離感がぐっと近づいてきたものの、まだしろは琅一について、知らないことの方が多かった。 「……お師匠様と旅をするばかりが、いいと思っていた。どこへいっても俺は半端者だし、勉強もできないから友だちもできない。でも、友だちができなくても、お師匠様がいるし、商いのことが学べるからかまわないと思っていた。だけど、ここには俺の勉強が遅れているのを笑う奴はいない」 「笑われることがあったのか?」  それはさぞつらいことだっただろう。しろも学校へ行けないことを、影で色々言われているのを承知していた。原因不明の病気のせいで、郷の者たちは大人でも、しろにはなるべく近づかないようにしていることも。  しかし、琅一は「ふっかけられた喧嘩は買う主義だ」と笑った。 「全員こてんぱんにしたせいで、お師匠様が頭を下げに行かざるを得なかったこともある。でも、ここではそんなこともない。お前は俺に学がなくても、蔑んだりしなかった。初めてだ、こんなのは」 「……」  琅一がいつもよりたくさん喋っている。そのことがしろにはとても大切なことに思えた。胸の奥がぎゅっと絞られるように切なくなる。 (いつまで……)  いつまで琅一はこの郷にいてくれるだろうか。しろの病気のせいで、密かに店の台所が火の車になりつつあることを、しろは知っていた。いつまでも、琅一と一緒に暮らせればいいのに、との思いが芽生える。でも、それはかなわぬ夢だ。 (きっと離れる時がくる)  しろの花弁症は、琅一に触れないと、花びらをこぼすことができない。そして、その花びらを飲まないと、しろは健康に生きられない。つまり、琅一と一緒にいられる時間が、そのまましろの生きることができる限界時間になるのだった。  鶯が遠くで鳴いている。  神社の杜は静かに葉ずれの音を立て、二人を見守っていた。

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