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第14話

 しろを洗ってくれた琅一を湯の中へ残し、寝巻きに着替えたしろは、離れの自室へ戻った。湯冷めしないうちに横になろうと思ったのだが、銀有が布団のすぐ傍に胡座をかいているのが見えた。  しろはいい機会だと思い、一之介のことを話そうと切り出した。 「父上、胃の調子は大丈夫なのですか? 実は、お話ししたいことが……」  髪を拭きながら銀有を覗き込むように隣りに座ると、父の肩がわなわなと震えはじめたのを見て、しろは不安になった。 「父上、お加減が悪いのですか……わっ!」  しろが身体を折った銀有に手を添えると、やにわにその手首を強く掴まれた。そのままぐいと乱暴に引かれ、布団の上に仰向けに倒される。のしかかってきた銀有を見て、父が正気とは言えない状態であることをに、しろは気づいた。 「こほっ! 父上、何を……っ!」  もがいて銀有から体を離そうとするが、その襟を掴まれ、ずるずると布団の上に組み敷かれる。馬乗りになった銀有は、しろの頬を寒さでかじかんだ霜焼けだらけの指で触れる。刹那、欲の滲んだ声で、言われた。 「花びらは……出るかっ? 出るだろう、出せ! しろ!」 「痛……っ」  爪が首筋を下って、肌を引っ掻くほどの強さで掻きむしられる。 「さあ、出せ! 私を選んでみせろ! 琅一のような馬の骨に触らせて出すぐらいだ、父親の私に触られて出ないはずが……!」 「い、痛いっ、父上、どうしてこんな……っ、こほっ、こほっ!」  覆いかぶさってきた銀有と、しろはしばらく揉み合った。とはいえ、双方とも体力が限界に近く、しろがやつれるのと時を同じくして、痩せて肩の尖った銀有の力も、心もとないものでしかなくなっていたが。 「あれがもう少ないのだ……! しばらくは持つが、このままでは、私は……!」  しろはもがきながら銀有の下を抜け出し、どうにか畳の上へ逃げた。しかし、足首を持って引かれると、すぐに布団の上に戻ってしまう。散々に揉み合い、息を切らせたしろが、膝を折ってどうにか起き上がろうとすると、銀有は目をぎらつかせた。 「あの子どもに出して、なぜ私に出そうとしない……っ! この親不孝者が!」 「い、やだ……っ! 嫌だ! こほっ!」  寝巻きをはだけられ、空気に触れたところから、ざっと鳥肌が立つ。そこを銀有の手が這い回る。出せ、出せ、と嗄れた声で言われ、しろは頭に血が上るのがわかった。そこは琅一だけが触れていい場所だった。琅一以外には、誰にも触れさせたくない場所だった。 「嫌、だっ! 触るなぁっ!」  刹那、しろは銀有の手を払いのけ、迫ってくる身体を渾身の力で突き飛ばした。 「うっ!」  ごつ、と鈍い音がして、銀有が床板に向かって頭から突っ込んだ。  そのまま頭をぶつけたらしく、動かなくなる。 「ち、父上……?」  震えながら、しろは驚いて、寝巻きの襟をかき合わせた。自分がしてしまったことを恐るおそる目の当たりにし、奇妙に捩れた足首をそっと揺らすが、銀有は動かない。起き上がろうとする気配すらなかった。 「ち、父上……? 父上……! こほっ、こほっ!」  狼狽したしろがいざり寄ろうとした時、ちょうど戻ってきた琅一と目が合った。 「ろ、琅一っ、どう、しよう、父が……、おれは、父上を……っ」  しろを一瞥した琅一は、一瞬で起きたことを把握したらしい。無表情のまま、しろを揉み合ってくしゃくしゃになった布団の上へ遠ざけると、銀有の倒れているところに屈み込み、脈を見る仕草をした。 「気絶しているだけだ」 「だ、大丈夫……だろうか?」 「……」  しろの問いに、琅一は答えなかった。 「それより、しろさん、立てるか?」 「あ、う、ん……」  琅一は、しろを立たせると、再び懐から白い練り薬を出し、しろに舐めさせた。その時に初めて、しろは琅一が寝巻きではなく、先ほど身につけていた旅装束姿のままであることに気づいた。 「琅一、どうして……」 「しろさん」  強い声音でしろを呼ぶと、琅一は、持ってきた背嚢から、新しい旅装一式を出して、しろに命じた。 「これを着てくれ。なるべく早く。今から荷物をまとめるんだ。持っていきたいものがあれば、ここに入れろ」  言って、背嚢を渡すと、琅一はしろの帯を解きはじめた。 「琅一、ちょっ……あの、こほっ」 「心配ない」  何が心配ないのかわからないまま、下帯姿にされて、琅一と同じ旅装束をまとわされる。しろは、そのまま草履を履いて、外へ出るとよろけた。時計は、すでに十時を回っている。時刻を確認した琅一は、白の手を引いて、庭を囲んでいる林へ分け入ろうとした。 「琅一、待って……! 父上は? 父を誰かお医者に見せなければ……」 「しろ!」  雪の降り積もる林の中で、琅一がしろを叱咤した。 「しっかりするんだ。歩けるうちに、この郷を出る。わかるだろ? ここにいたのでは、お前は確実に死ぬ」 「……っ」  琅一は、きた時に通ったらしい屋敷の裏の林を、雪をかき分けながらしろを負ぶって下っていった。ある程度行ったところに平地があり、そこへしろを残すと、琅一は再び引き返した。しばらく戻ってこないと思ったら、山頂の方で火の手が上がった。 「あれは……っ」  ちょうど屋敷の方角だった。離れのある場所ではないか、としろは思う。 (どうしよう……引き返すか? でも、琅一はここにいろって……)  混乱したまま、しろが元きた道へ引き返そうと一歩を踏み出す決意を固めた時、山林を下ってくる琅一の姿が見えた。 「琅一! あの火は? 父上は、無事なのだよな? 琅一……?」 「……銀有さんには、しろを俺が預かると言ってきた。これからお前は俺と一緒にくるんだ」 「え……?」  有無を言わさぬ琅一の声に、しろは縛られたようになった。 「いくぞ。掴まれ、しろ」  琅一は背嚢を腹側に背負い、しろを負ぶってそのまま山の獣道を下っていった。  しばらくすると、郷の半鐘が煩く鳴りはじめる音が、遠くに聞こえた。火の回りが早いらしく、郷が騒がしくなる気配がする。振り返ると、きた方向の林と空が、真っ赤に染まっているのが見えた。  しろは雪の中、燃えさかる火を遠くに見ながら、琅一と郷をあとにした。

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