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第15話

 女の人がたくさんいる、甘い匂いのする街へきていた。  普通の宿にはできれば泊まりたくない、と言われ、しろは自分たちがお尋ね者になった可能性を自覚した。郷のある山を降り、街道沿いの妓楼に裏口から入ったしろと琅一は、行きつけだから安く泊まれるという理由で、そこに数日、宿泊していた。 「こことは取り引きがあるから、多少の無理は聞いてもらえる」  妓楼の布団部屋で布団にくるまりながら、琅一はそう説明した。  しろは、空咳が続いていたが、琅一の練り薬のおかげで、かなり早く元気になった。だが、筋肉が落ちてしまっていて、長くは歩けない。少しずつ休みながらの旅では、もし追っ手がきていたら、すぐに捕まってしまうのではないかと思った。 「琅? 開けるよ?」 「どうぞ、姐さん」  臥せっているしろをかばうように、琅一が布団部屋の入り口に身を起こした。戸を開けたのは、目尻に笑いじわのある女性で、琅一だけでなくしろのこともじろじろ見ながら、「明日あたりもうここを出た方がいいね」と言った。 「さっき警察がきて、怪しい者がいないか聞いて回ってるって言ってたよ。何でも山ふたつ越えた郷で商家が半焼したんだってさ。一見の客は誰も来ていないって、無粋な奴は追い払ったけどね」 「ありがとうございます。ご迷惑になる前に出ていきますので」 「いいけどね。それより、今夜はこっちにきてくれるんだろ? 琅」 「伺います」  女の甘い媚を含んだ声に無機質に答える琅一に、しろはどきりとした。「琅」と琅一のことを甘えるように呼ぶ「姐さん」にも、琅一の、それを当然のごとく受け取る態度にも、どこか隠微な連想をした。  深夜になると、横になっているしろを尻目に、琅一がそっと布団部屋を抜け出すのがわかった。  そのまま帰ってこない琅一のことがやけに気になり、全然、寝付けず、変わってしまった父の銀有ことが頭を過ぎる。未だにあれは夢か何かで、父は元気にしているのではなかろうかと思うことがあった。 (琅一は、あの「姐さん」と、今頃一緒にいるのかな……)  そう思うと、しろは孤独に胸が痛んだ。 (おれだって、琅一と一緒の時間を過ごした。長さなら、負けないはずだ。たぶん)  こんな幼い考え方をしてしまう自分が、みじめで嫌だった。  夜が更け、日が昇りはじめる少し前に琅一が帰ってきたので身じろぎすると、驚かれた。 「眠ってなかったのか」  少し責める色がある声に、しろは「今、目が覚めた」と嘘をついた。 「琅一、こんな時間まで何してたんだ? おれを置いて」 「やきもちか」 「違う! ちがうから。置いて行かれたのかもしれないと思っただけだ」  別に、置いて行かれたら帰るだけだし……。とぶつぶつ言っていると、琅一が素手のまましろの頬に触った。花びらがこぼれる。 「何のためにここまできたと思ってるんだ。しろを置いていったりはしない。馬鹿なことを考えてないで、さっさと寝ろよ」  言って、琅一は当たり前のように下帯だけになると、しろに身体を絡めてきた。  しろは嬉しくて、背中が温かい、と思った。  今度はちゃんと眠れそうだった。

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