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第20話(*)

「あの人……変わった人だね」  握られた手の感触にどきどきしたしろが言うと、琅一は溜め息とともに吐き出した。 「華族の次男だか三男だったが、絶縁状を叩きつけられて妓楼に住んでいる変わり者だ。趣味で雑文を書いて糊口をしのいでいる。だが、本業は投資家だ。どうやって増やしたのか、とにかく唸るほどの金を持っている」 「すごいね」 「ああ」  しろが感心すると、琅一はやっと穏やかな、少し困った顔になった。途端に年相応の愛嬌が出て、しろは岩永と琅一の関係がどんなものか少し理解できる気がした。 「それで株や何かを買って、儲けた金を事業に投資し、投資した金を回収する。銀行もあの人相手には一目置くって話だ」 「おれに書物を送ってくれてたの、あの人だったんだな。お礼を言いそびれてしまった」 「それは、またの機会に言えばいい。長い付き合いになるだろうからな」 「小説家っていうのは?」  しろが重ねて尋ねると、今度は琅一が戸惑った表情をした。 「しろ、あの人は不能だが、好色でもあるから気をつけるんだぞ」  しろのことが心配で釘を刺したいらしいと気づくと、先ほどまでの心配はどこへやら、心が浮き立つ。 「不能と好色って両立するの?」 「するから始末におえないんじゃないか」 「そうなんだ……」  琅一が予防線を引くなんて珍しいと思いながら、よくわからないが、琅一が言うのなら、そうなのだろうとしろは思った。 「でも琅一、好色はともかく、不能っていうのは悪口にあたるから、あまり言わない方がいいんじゃないか? あの人にも悪いし」 「ま、岩永先生はここらじゃちょっとした有名人だからな。今さら尾ひれが少し付こうと気にしないだろうが、確かに薬屋の株は半分あの人が持ってるし、俺は雇われ店主としているだけだ。この庭も、屋敷の改築も、新しい薬房も、全部あの人が工面した金でこしらえた。だから悪口は控えた方がいいかもな。俺も先生には頭が上がらないんだ」 「そうだったのか……」  琅一の岩永との意外なほど太い繋がりを知り驚かされたしろは、怯えるあまり失礼な態度を取ったことを悔いた。今度はもっとちゃんとしよう、と考えていると、琅一が呟く。 「お前、あの人に惚れるなよ」 「え?」  琅一は難しい顔をして、そっぽを向いた。 「惚れっぽいところがあるからな、しろは」  やきもちを焼かれているのだろうか、と一瞬、浮かれたが、誤解されるのは嫌だった。 「そんなことないし。それより借金してるのって、岩永先生からだけなのか?」 「気になるか?」 「そりゃ、琅一の出資者なら気になるよ。それに、あんなに洋装の似合う人なんて、見たことなかったし」 「惚れるなと言ったばかりなんだがな」  溜め息とともに色々なものを吐き出す琅一が珍しくて、しろはつい、くすりと笑ってしまった。 「惚れたりしないって。琅一、もしかして夜、あの人のところへ行ってた? おれ、誤解して……」  言い訳じみたことは言いたくなかったが、それまで張り詰めていた重苦しい空気が岩永の登場で掻き消えたのは事実だった。「ごめん」と一言謝り、しろが横を向くと、琅一が布団の上をいざってしろのすぐ背後まできた。  しろの左肩に、琅一が顎を乗せてくる。久しぶりの触れ合いらしい触れ合いに、しろは心臓がどきどきした。 「……しろ」 「ん?」  耳元で甘える琅一の仕草が好きだった。猫みたいだな、と思っていると、不意に琅一がしろに問いかけた。 「精通したのはいつだ?」 「え……っ?」  しろが目を丸くすると、「だから精通……」と重ねて言われて、顔の温度が上がった。 「なっ……」  琅一を振り返ると、「耳まで真っ赤だが、まだなのか?」と重ねて問わる。 「ちっ、違うけど!」 「じゃ、いつだ?」 「い、いつって、それは……っ」  どうしてそんな個人的なことを確認したがるのかわからず、しろは合ってしまった視線をおどおどと逸らした。 「何で、急に、そ、そんな、こと……っ」  琅一は猥談をしたいのだろうか。こういう場合、どう答えるのが正解なのだろう。しろが返答を誤魔化していると見ると、琅一は胡座をかいた上にしろを後ろ抱きに座らせた。琅一の脚の上にしろが腰を下ろす形になり、振り返ると琅一の顔がすぐそこにある。 「ちょっ、琅一……?」  最初、何が目的かわからずしろは従ったが、後ろから伸びてきた琅一の手が、しろの浴衣の裾を割り、下帯の腰紐にかかる。 「何す……っ、ちょっ……、琅一!」  下帯の中に手を入れて、若芽のような茎を大きな手で握られ、尋ねられる。 「ここから」  根元を確認するように撫でられ、指で輪をつくり、先端へ向けてゆっくりと扱き上げられ、最後に先端の割れ目を親指でくじられると声が出てしまう。 「ぅわ、……っ!」 「白いのを出したことがあるか、聞いている」 「ゃ、っ……」  そのまま何度も同じ動作を繰り返されて、そのくせしろが根を上げそうになると琅一は動きを止めた。しろが脚をばたつかせるたびに新たな刺激が加わって、じんっと痺れるような感覚が腰を這い上がってくるのを耐えねばならなかった。 「ぅ、ゃだ、離せ、っ離せ、よ……っ」 「言ったら離す。言うまでは離さない」 「ゃっ、ゃだ……っぁぅ!」  やがて琅一の与える刺激は全身へと駆けめぐり、膝から下ががくがくと震え出す。 「ぁっ、ゃ、ぁぁっ……く、ぅ」  琅一の突然の暴挙に、頭も身体もついていかない。脚を蹴り出して、どうにか琅一の拘束をほどこうともがくたび、布団がくしゃくしゃに縒れた。暴れても寝巻きの裾が左右にはだけていくだけで、腰を抱かれ、急所をつかまれると、どうしようもなくなってしまう。 「ろ、いちぃ……、ゃ、ゃめ、ぇ……」  哀願に近い声が出る。暴れるのを諦め、琅一の腕になけなしの爪を立てる。その間も、育って露わになったくびれを指の輪で逆撫でにされると、頑なだったしろの脚から次第に力が抜けていった。何度もそうされて、色事にほぼ無関心だったしろの声が、次第に艶を帯びてゆく。 「ひ、っ、ん、ぁ、ゃ、ゃぁ、っ」  びくびくと琅一の腕の中で身体を跳ねさせ、もう限界が近くなる。  尾てい骨がびりびりする。どくどくと下肢が脈打ち、出したいと本能が訴えていた。 「妓楼通いを羨ましがるから、一部でも味わわせてやる」 「ゃ、だ、ゃだっ、ぁぅ、ん、っ、く、ゃ、ぁ……っ」  限界まで追い詰めようとする琅一の手の動きに熱が加わると、しろはついに白旗を上げざるを得なくなった。 「した……ぁ、した、からぁ……っ」  嫌がるはずの声が、色めくのを止められない。琅一はいつもこんなことをしているのだろうか。想像すると、心拍数が上昇し、たまらなく切ない気持ちになった。 「嘘じゃないな?」 「嘘、じゃな……っした、ぁぁっ……」  いつしか甘えるように琅一の首元に額を擦り付けて喘いでいた。花びらがほろほろと生まれては、しろの身体や琅一の腕や指に、落ちかかる。  息が混じってしまうほどすぐ傍にある琅一の唇。そのせいでしろの息が弾んでいるのを悟られてしまう。琅一に触れられるのが気持ち良くて、思わず腰を揺らしてしまう。 「いつだ」  追い上げることを厭わぬ声で問われ、首筋にがぷりと噛みつかれた拍子に、口が勝手に動いてしまう。 「ひっ、じゅ、十五、歳の、春……っ」  白状した瞬間、しろを抱く琅一の腕力が増した。密着しているせいで、琅一の心臓が強く鼓動しているのがわかる。汗のかすかな匂いと、肉体の発する熱気に、次第に理性を奪われてゆく。しろが身体を預け、身をよじるたびに、琅一の逞しい身体が引きしぼられた。 「ん、く、離し……っ、ぁっ、ゃっ、ぁ、っ」  琅一は、しろが自分といた時に精通を迎えたことに気づかなかったことに目を瞠り、一方でしろの茎を扱く手を、次第に速めていった。 「ぁ、出る、で、ちゃ……ぁぁ、っ」  追い上げられ、もう乱れた裾をかき合わせる余裕すらなかった。琅一の腕に抱かれて悶え、どうにか放出だけは避けようと腰を揺らす。しかしついに限界を迎え、我慢がきかなくなると、しろの身体はびくびくと痙攣しはじめた。 「ぁあぁ──……っ!」  我慢を強いられた分、壁が突き崩されるようにして、長い放出を迎えた。初めて他人にされたそれは、やけに鮮烈だった。 「はぁっ、はぁ……っ」  余波の甘さにがくりと崩れ、動けなくなる。人にされたのも初めてなら、乱れた息を殺すことができないほどの愉楽も初めて味わった。切なさと恥ずかしさに琅一の顔を見ることができない。このまま死んでしまいたいとすら思ったしろは、ただ甘えて泣くように琅一の着物を掴むしかなかった。こんな醜態を晒して、嫌われたらどうしようと思っていた。  それゆえ最初は、先端から吐き出された白濁の変化に気づかなかった。  ぽとん、ころり、と数度に渡る排出の余韻を経て、琅一の掌から零れたもの。涙目で脚の間を見たしろにとって、それは新たな衝撃だった。 「ぇ……? な、に、これ……っ」  しろの視界には、四、五粒ほどの丸みを帯びた歪な球状のものが転がっているように見えた。地色が乳白色で、きらきらと七色に光る結晶のようなもの。琅一の掌に不揃いに乗せられた透明な粘膜に包まれた宝石のようなそれを見て、しろは恐るおそる、自分が吐き出したものの正体を悟った。  自分ですることなど片手で数えるほどだったしろには、これが変化なのか、それとも常態なのか、判断することができなかった。快楽から解き放たれたしろが怖れ、固まっていると、琅一は、それらの粒を一気に口に含んだ。 「っ……?」  驚き、事態が掴めず混乱しているしろの顎を掴み、上向かせ、口を開けさせると、その結晶をしろの口内に残らず口移しにくちづける。 「ん、ぐっ……!」  琅一の舌がくねりながら入ってきて、しろの喉奥へと結晶を押しやるとともに、それらを飲み込むよう、強いられる。 「んっ、んんっ……!」  びくりと痙攣し、ごくん、と喉仏が上下する。思わず飲み込んでしまったしろは、反射的に吐き出そうと身体を曲げた。 「かはっ……! けほっ! ぅ、ぅう……」  何の味もしないのがかえって気持ち悪くて、戻そうと布団の上に身体を折りたたんだしろの背中をさすりながら、琅一が「吐き出すな。飲み込め」と命じる。そのうちに背中をさすっていた手がしろの髪を梳くようになり、やがてその頭部を肩に抱くようにされた。 「……粘膜には花が咲かない。お師匠様の言ったとおりだ」  琅一はひとりごちると、「しばらくこれを、習慣にしろ。毎日」と鬼のようなことを言い渡してきた。あまりのことに動けないでいるしろに、琅一は「わかったか」と問いかける。頷くまで許されそうにない雰囲気に、しろが涙目でこくりと首を縦に振ると、琅一はとんとん、と労うように頭を撫でた。 (琅一は、いつもこんなことをしているのか……)  戻りの遅い夜は、こんな淫らなことをしているのかと思うと、もう何も想像したくなかった。 「こ、んな、ど、して……」 「お前のためだ。しろ」  泣きかけたしろの背中を宥めるように撫でる琅一の手が甘い。  しろが落ち着くまでそうしていた琅一は、掌に受け切れず、畳にあふれたいくつかの雫を拾うと、静かに部屋を出ていった。  本当は、慣れない生活に戸惑うしろを、琅一が気遣ってくれていることはわかっていた。  だが、琅一の心遣いが嬉しい反面、こんなことをされると、しろは胸がくしゃくしゃするのだった。

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