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第23話(*)
中通りの両側に張り出した、ひときわ立派な妓楼の最上階に、岩永は住んでいた。
聞けば昼間から酒を飲み、書類に署名をするのが仕事なのだそうだ。「それぐらいならおれにもできるな」としろが笑うと、琅一に呆れられてしまった。冗談がわからなかったらしい。
岩永のところへ顔を見せにきてほしいと矢のような催促があると聞かされたしろは、琅一と一緒に選んだ着物を着て、岩永のもとを訪れた。
若い衆の案内に従い階段を上っていくと、一寸ほど開いた隙間から光の漏れる障子の前で「こちらでございます」と促された。
「先生、琅一です。しろを連れて参りました。失礼いたします」
障子を開けて、琅一が中へ入る。続いてしろも入ると、半間ほどの狭い入り口からは想像もつかないほど広々とした座敷に出た。八畳ほどの座敷の角に紙束の積まれた文机があり、あとは長持と箪笥があるぐらいで、布団すら敷いていない殺風景な部屋だった。昼間だというのに戸が残らず閉められ、行灯が灯っており、人の気配がする。白粉の匂いがふわりと濃くなるが、どこにもいない岩永を探してきょろきょろとしろが部屋を見回している隙に、琅一はもうひとつ奥にある障子の前までいざり寄った。
その障子を三寸ほど開いた琅一に促され、しろは中を覗き込んだ。
視界は闇に包まれていた。
にもかかわらず人の気配がするのが不思議で、目が慣れるまでしばらく覗いていると、不意に闇の奥からかすかな女性のものと思われる甘い声がした。
「っ」
しろが驚いて身を引こうとすると、琅一がその肩を抱き、止めた。
「目を逸らすな」
急に言われ、無理矢理に覗かされた闇の奥からは、あえかな声が漏れてくる。耳を澄ますと淫らな水音が立ち、女性の脚の間に男性の指が迷い込むのが見えた。
「っ……」
しろとてそれほど初心ではない。それが男女の交わりの一部だとわかった。声を殺して身体を引こうとすると、琅一に押さえ込まれ、一部始終を見させられる。耳元に、琅一の声が囁いた。
「よく見ておけ。あれが交わるということだ」
顔全体が熱を持ってのぼせるが、それが琅一とくっついているせいか、それとも初めて男女の交歓を目の当たりにしたせいか、わからない。琅一は「お前もあれをできるようになる」と言い、髪を上げたしろのうなじにそっとくちづけた。
「ぁ……っ」
鳥肌が立ち、ぴりぴりとうなじから全身へ痺れが波及してゆく。
相手の女性はそのまま果てると、何も言わず静かに着物を整え、しろたちが覗いていない方の障子を開け、廊下へと静かに去っていった。
「ふう」
花魁の去るのを視界の端に捉えた男──岩永は、ひとつ溜め息をつくと、「さて、仕事だ」と言い、しろたちのいる方を振り返った。
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