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第25話(*)

「あの、あの……っ、琅一、おれ……っ」  岩永の要求を拒まない琅一に、しろは狼狽えた。見せろと言うのなら、それは琅一としろにあの行為を「してみせろ」ということである。その要求を琅一が受け入れたということは、それを岩永の前でする、ということに他ならない。  しろが白くなっていると、琅一が安心させるように言った。 「しろ。大丈夫だ。俺がするだけだから。……嫌か?」  ずるい訊き方をする、としろは思った。  黙ってされるがまま、琅一に全部まかせて、責任も全部かぶせてしまえばいい、という甘い誘惑にかられる。だが、それではしろがここにきた意味がない、と思い直した。 「い、嫌だけど……っ、琅一がしてほしいって言うなら、……するよ。それじゃないと、おれがきた意味がないじゃないか」  取り乱しはしたが、自分の役割を放棄することはできない。しろの言葉に岩永は口笛を吹いた。 「きみはいじらしい上に敏い子だねぇ、しろさん」  この場の支配者に茶々を入れられて、しろは正直黙っていてほしいと岩永に対して思った。琅一が「少し黙っててください。話がややこしくなる」と釘を刺さなければ、背を向けて逃げ出していたかもしれなかった。 「しろ、これを」  琅一がいつも使っている襷を懐から取り出すと、しろの目を塞いだ。気休めにしかならないかもしれないが、せめて視界を遮断すれば、羞恥心の何割りかは大人しくなるだろうとの配慮だった。  頼りない暗闇にひとり落ちていったしろの背中を、琅一が慣れた手つきで支える。そのまま腕をしろの前に回し、着物の裾を割った。 「っ……」  空気に晒された太腿に、琅一の手が触れる。裾を左右に開かされ、足袋だけの脚が露わになると、しろは羞恥と緊張に息を詰めた。背中に琅一の温もりを感じるまま、下帯をほどかれる音が、やけに大きく耳についた。  ふに、と琅一の手だろう、大きな掌に茎の状態を掴んで確かめられる。 「ぁ……」 「少しかたいな。しろ、膝を立てて、脚を開いて、先生に見えるように」  奥歯を噛み締め、ずず、と閉じていた脚を開くと「もっと」と琅一の声が耳元で意地悪な要求をする。囁きに鼓膜が震え、その瞬間、とろりと快楽を流し込まれたように、しろの心の中に火が点いた。  不安が先立っていたが、岩永が存外何も言わず、気配さえさせずに黙っているのが大きかった。琅一にされるのも久しぶりで、しろの身体は簡単に昂ぶってしまう。ともするとこの空間には、琅一としろの二人だけであるような気さえして、膝を開くと、琅一の手によって左右にぐい、と脚を開かされてしまう。 「ぁっ……」  琅一が「このまま」と耳朶に吹き込むと、まるで魔法のように身体が言うことを聞かなくなった。岩永の前に膝を開かされ、琅一の手に少し触られただけの茎には芯が通ってしまっている。心臓が暴れ出し、身体が琅一の愛撫を強請ってしまう。指の輪でくびれを逆さに撫でられ、「いい子だ、しろ」と囁かれると、まるで晴天の日向の雪のように蕩けてしまう気がした。 「ふは、ぁ……」  割れ目をなぞられて腰が痺れ出し、衝動がはっきりとした欲求を伴い、暴れ出す。しろが足りない酸素を吸い込もうと口を開けた瞬間、大きな手に握り込まれ、首筋に琅一の吐息を感じたしろは、身体をびくびくと逸らした。 「ぁ、ぁっ、んっ、ろ……っ」  琅一の襷で作られた人工的で濃密な闇の中にひとり放り込まれたしろは、急激に自分が昂ぶるのを感じ、足先を丸めた。 「んっ、ぁっ、ぁあっ、琅、ぅぁ──ぁっ……!」  視界が覚束ない中、急速に昂ぶらされ、あっけなく絶頂を迎える。琅一の手が受けきれなかった雫が、畳の上に転がるぱらぱらという音だけが、やけに大きく聞こえ、頬が火照るのを止められない。岩永のいる方向を思わず耳で探るが、言葉ひとつ、息ひとつ、しているのかさえわからない。 「は、ぁ、っ、はぁ……っ」  先端の割れ目よりこぼれ出た雫を琅一の指が残らずこそげ取ると、思わず腰が揺れた。しろは解かれた下帯をきっちり直され、裾を元どおりにされ、最後にやっと、襷による目隠しを解かれると、目を開けた。鼓動が破れそうに速く脈打ち、入ってきた自然光に虹彩を灼かれる。しばらく動けないでいるしろが顔を上げると、元どおり、目の前にいる岩永が茶目っ気のある目でしろを見ていた。  突然のことに目の色を変えるでもなく、岩永は自分の方へと転がってきた雫を指先でつまむと言った。 「うん。非常に貴重なものを見せてもらった。しろさん、ありがとう」 「あ……」  しろのいる周囲には、白い花びらが散っていた。琅一の肌と触れ合ったところから生じたものだったが、粘膜には咲かない。それがとても不思議だった。傍らの琅一に「よく頑張ったな」と髪を梳かれる。褒められると、元々快楽のせいで火照っていた頬がさらに熱くなった。 「面白い。これはネタになるなあ。書いていい?」  岩永は、やがて眸をきらきらと輝かせ、身を乗り出した。 「駄目です」  琅一が峻拒すると、岩永がさらに食い下がってきた。 「どうせ書いたって誰も信じないさ。書いちゃ駄目?」 「駄目です。第一、しろが許さない」  琅一は、これがしろを主体として行われた事柄であることを、岩永に思い出させるように言った。 「しろさん……」  諦めきれないらしい岩永のねだる視線を受け取ったしろは、しどろもどろになりながら言った。 「だ、だめです、すみません……」  これは琅一としろの秘密だった。岩永に知られたとはいえ、とても個人的なことである。それを大衆が読むものに書かれるのは、すごく抵抗がある。 「ふふ。そうやって恥じらうところがまた可愛い。こちらへおいで」  岩永は、まるで猫でも手なづけるかのように誘った。琅一に許可をもらい、しろがいざって岩永のすぐ傍までいくと、頭をよしよしされる。 「よく見せてくれたね、ありがとう。人間、長生きするもんだ。最高だった」  撫でられ、「やっぱり花びら、出ないねぇ」と言われる。しろも不思議だった。琅一に触れられると出るものが、岩永相手には生成されない。はにかんで頷くしろの髪を岩永はしばらく撫でていたが、やがて琅一に向き直った。 「ところでこれ、売り物になるかどうかの算段、しないの?」  岩永は金を唸るほど持っている、と琅一が言っていたのを思い出したしろは、自分の吐き出したものにそんな価値があると知って、複雑な気持ちになった。琅一が売りたいと言うなら協力することも吝かではない、とあさましくも考えてしまうしろだったが、琅一は静かに首を横に振った。 「数が限られますし、毒ですし、そもそもこれはしろのものですから」  そう尊重してくれる琅一の気持ちが嬉しかった。同時に、いざという時に金になるのなら、販路くらいは確保しておいてもいいのではないか、考えていると、岩永もまた同じことを思ったようだった。 「希少価値あるんだけどな。僕の知り合いの宝石商に見せてもいい?」 「駄目だと言っても見せるのでしょう。でも、出処は内密に願います。しろの安全のためにも」  溜め息をつく琅一に、岩永は「きみのためではないの?」とわけのわからないことを言った。 「……いいえ」  一瞬、言い淀んだ琅一が、どこかむっとしたのがわかった。 「俺のためではありません。第一、しろには……」  そのあとをずっと続けようとしない琅一が、闇色の視線を畳に落とした。 「まあいいや。きみがしろさんを大事に想う気持ちはわかった。それで、僕に何をさせたいのかな?」  岩永が問うと、琅一は待っていたと言わんばかりに真剣な表情で頭を垂れた。 「しろには健康になってもらって、もっと学んで欲しい。世界の広さを教えていただきたいのです」 「うん。月に二回、きみが通ってる時に一緒に僕のところへくるといいよ」 「ありがとうございます」  岩永が軽く頷いたので、琅一が再び頭を下げた。しろも一緒に礼をする。  こほっ、と咳が出てしまい、慌てて抑え込むと、琅一が庇うように言った。 「今日はこれにて失礼させていただきます。しろ、さよならを」 「あ、うん。岩永先生、さようなら」 「うん。じゃ、また」  話がまとまると同時に掌を返すように暇乞いをした琅一に、気分を害することもなく、岩永は、からっとした調子でわらった。

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