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第26話
「琅一、やっぱり岩永先生のところへ行ってたんじゃないか。おれ、誤解して……ごめん」
月に二回なら、琅一が遅くなる頻度とほぼ計算が合う。なのに、しろは何も言わない琅一の外泊を、てっきり妓楼の花魁との逢瀬だと思い込んでいた。嫉妬した自分が情けなく、琅一にすまなかった。
だが、琅一はしろをちらりと見ると、憂鬱そうに口を開いた。
「岩永先生のところへは、昼間に伺っている。夜は別だ」
「えっ」
「お前の想像は、だからたぶん正しい」
前を向いたまま言われ、しろは胸がぎゅっと絞られるのを感じた。
「っ……そう、かよ」
何もわざわざ否定しなくてもいいじゃないかと傷ついた。波風を立てないために黙っているという発想が、琅一にはないのだろうか。しろが俯くと、琅一が手袋をしていない方の手で、やにわにしろの頭髪を撫でた。花びらが一枚、二枚、と生まれ、琅一がそれを手の中に握り込む。
「お前は俺を許しすぎる。怒ってもいいんだぞ」
いきなりそんなことを言われ、しろはむっとした。
「怒ってるよ」
琅一が岩永と花魁の交わりを強いて見せたことも、岩永の前でしろを弄んだことも、琅一が妓楼通いをやめないことも。唇を尖らせて言うと「嘘だ。怒ってない」と言われてしまう。しろの感情が見えたら、どんなに不機嫌かわかるはずなのに、琅一は否定する。
「何でわかるんだよ。怒ってるよ……! 岩永先生のことも、琅一の、か、通いのことも、おれは……っ」
「嘘だ」
「怒ってる……っ」
「嘘だ、しろ。俺に嘘をついても、すぐにわかる」
頑なに否定され、しろはどうしたらいいかわからなくなってしまう。琅一に触れられると、胸がつっかえるようなことも、どうでもよくなってしまう。
「琅一、も……」
「?」
どうしようもない恋情を生んでしまう自分の心を、琅一に打ち明けられない。
「ああいうことを、するのか?」
妓楼通いが本当ならば、何をするのか知らないしろではなかった。ましてや、今日は岩永と花魁の交歓を見させられたばかりだ。想像しないでいる方が、難しい。
「たまにな」
「たまに」
「たまにだ。出さないと身体に良くない。お前のあれと、変わらない」
琅一はこともなげに言った。
しろが琅一を想うように、琅一にも誰か想い人がいるのだろうか。思い描くのは白く艶かしい花魁の姿ばかりだ。あんな濃密な時間を過ごすなら、しろとの触れ合いなど児戯に等しいだろう。
「でも、出したものを食べたりはしないだろ?」
「まあそれはそうだ」
「おれの特異体質、治らないのかな……」
こんな問答が続くと、ついしろは自分の花弁症という体質を疎ましく思ってしまう。
「根治は難しい。お師匠様でも無理だった。でも、騙し騙しやっていくことはできる」
琅一は言いながら、手袋をした方の手で、しろの手を掴んだ。手を繋ぎ、きた道を戻る間、どれほど琅一がしろのために時間を割いてくれているかを実感する。
なのに、しろはもっと多くを求めてしまう。
そんなことをしていたのでは、いつか琅一に呆れられてしまっても、おかしくなかった。
「そう、だよな……。琅一、いつも迷惑かけてごめん」
少しでも長く、この人の傍にいられたら。
それだけを願うはずなのに、どんどん欲張りになっていく。
「迷惑だと思ったら、ここに連れてきてない。心配するな」
「うん」
「それと、お前も適度にしておけよ。我慢は身体に良くないことだ」
「……してるよ」
してる。
琅一を想いながらしているだなんて言ったら、どんな顔をされるだろうか。
しろはそっと俯いて、手袋越しに触れる琅一の手を想った。
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