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第28話
岩永との会合に出かけた琅一が帰宅したのは、その夜遅くのことだった。
強かに酒の匂いをさせてしろの横たわった枕元に、琅一は静かに胡座をかいた。
「……琅一?」
いつもは酒は断るか、口をつけても少し含むぐらいだと知っていたしろは、常にない様子の琅一を不審に思い、身体を起こした。
「……しろ、……」
「……どうかしたのか?」
問いかけると、何か言いたそうに黙っている。
しろが触れるとかさりと花びらが咲いた。琅一の、まるで途方に暮れた子どものような仕草に、しろは思わず布団の角を折り、誘った。
「まだ寒いだろ。一緒に寝よう?」
こくんと頷いた琅一がしろの布団に潜り込むのは、久しくないことだったと嬉しくなり、琅一に腕枕をして、背中に手を回した。
「……こんなになるまで飲んで、何かあったのか? 言えないことなら言わなくてもいいけど、あんまり岩永先生に心配をかけたらいけない……」
「しろ」
「?」
「いや、……何でもない」
琅一は静かに首を振り、しろの腕に頭を委ね、目を伏せた。じんわりと琅一の体温が身体に染み渡ってくる。琅一には鯨飲の気があるから、飲ませたらこちらが潰される、と岩永が苦笑していたのを思い出す。喧嘩でもしたのかもしれないが、もしも琅一が悪くとも、しろは琅一の味方をしよう、と誓う。
「悪いことは眠ってしまえば、半分ぐらいは忘れるよ。だから、おやすみ」
こうして一緒に眠っていると、郷にいた頃や、旅をしていた頃のことを思い出す。遠くまできたけれど、琅一は全然変わっていないとしろは思った。
「しろ……」
「ん……?」
「お前は、どうして俺のことが好きなんだ」
しろがその言葉に顔を上げたのは、今にも泣きそうな声が震えていたせいだった。
「え……っ?」
「どうしてだ。嫌いになればいいと思うのに、なぜいつも優しい」
「え……っ、そ、それ、は……」
「俺はお前が嫌いになるのを、ずっと待っている。でももう限界だ。もう待てない。お前を嫌いにするように、今からお前を穢す。──今からすることを嫌だと思うなら、俺を嫌いになれ。しろ」
苦しげな声で琅一は吐き出すと、目を開けてしろを睨んだ。
「ど、どうしたの……? 岩永先生との会合で何か……」
言われたのか? と問いただそうとしたが、琅一がしろにのしかかってきて、驚いて声が出なくなる。
「今から、お前を穢す。俺を嫌いになるように、する」
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