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第30話
無理を強いられたしろは、結局、琅一を嫌いになれないまま熱を出した。
月に二度の岩永の妓楼へ行く日になっても熱が下がらなかったので、使いを出して登楼を断ると、心配した岩永が見舞いにきた。
「どうもいけないね。市販の咳止めなんかでは、効かないんだろ?」
「はい」
珍しく深刻そうな声で琅一と話しているのが、障子越しに聞こえる。岩永がわざわざ来たのには、琅一との間に急ぎの話があるためだったようだ。アタッチメントプラグだの、呉服だのという用語が出てきて一段落すると、話がしろの体調に戻った。
「心当たりは?」
「ありすぎて」
「罪つくりだな、きみは」
岩永の言葉を受けると、琅一は切なげな声音で自嘲した。
「俺なんかにくっついているから、しろは良くならないんだと思います」
吐き捨てる琅一の苦しげな様子に、しろはその肩を抱き寄せてしまいたくなる。琅一の方がずっと身体も大きく頑丈なのに、その時だけは、まるで小さな子どもにでもなったような気がするのだ。
「僕がしろさんを口説こうとした時に、殺気を滲ませていたきみとは思えないな」
「それは……」
言葉に詰まった琅一が、どう答えたのかはわからなかった。もっと聞いていたいと思いながら、しろは眠りに落ちていってしまった。
少し前に株が暴落し、岩永も琅一も、その後始末に奔走していたことは知っていた。きっとその筋の話をしにきているのだろうと思ったしろが、次に目覚めたのは深夜のことだった。
「……」
岩永の訪問からどれぐらい経ったのだろうか。傍らに琅一がいないことから、きっとまた妓楼にでもいっているのだろうと思うと切なくなった。屋敷全体が静まり返り、闇に包まれている気配がする。そんな中、しろはこほっ、と咳をした。
(……琅一は、おれに嫌いになってほしいと言っていた)
そんなこと、どうして考えるのだろう。しろも琅一を嫌いになろうと努力してはみたが、心が全然言うことを聞いてくれない。嫌いだと言った傍から琅一を追いかけてしまうし、声がすると耳を澄ませてしまう。
(おれには、琅一を嫌いになるなど、できそうにない……)
先日、された無体を思い出しても、あんなことをされても琅一を好きなままの自分に、とても戸惑った。むしろ触れてもらえるのなら、あれぐらいどうということはないとすら思っている自分が、よくわからない。
しろは思い悩んだ末に、唇を噛んで半身を起こした。布団の上に散っている白い花びらを枕元に用意されている茶器に数枚入れて、飲んでみた。
こほっ、と咳が出る。
でも、飲む。咳が出る。飲む。また咳が出る。飲む。それを繰り返した。
琅一への想いは、きっと実らないと知った。けれども、一方的に好きで居続けるだけならば、琅一に迷惑をかけなければいいだけなのではないか。そのためには、しろは心にもっと頑丈な蓋をし、何があってもそれを開けてはならないと思った。
健康になり、店の手伝いをし、岩永先生に、琅一とともに学ぶ。今は道が見えないけれど、進み続けるうちにきっと可能性が開けるはずだとしろは信じる。琅一が理想のお嫁さんを連れてきたら、その人と仲良くして、その人が子を産めば、その子を慈しんでゆこう。いずれ独り立ちし、琅一を煩わせることもなくなる頃には、研究も進んでしろの病も良くなるかもしれない。そうしたら、もう琅一に無理を言って触ってもらう必要も、なくなるのではないか。
(そのためにも、まずは)
しろの希望に沿わない形が琅一にとっての幸福だとしても、どこかに重なる部分があるはずだ、としろは心の中で必死に模索した。
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