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第36話(*)
「今日はひとり分でいいな」
そう言った琅一が、浴衣姿で布団をのべている丸まった背中を見たしろは、「うん」と頷いて返事をすると、その背に思わず手を置いた。畳の上に膝をついた琅一の両の肩甲骨の間にしろが顔を寄せると、一時停止した琅一が振り返り、しろを腕の中にかき抱いた。
「……おれ、琅一のものになりたい」
頬を染め、しろが仰ぐと、琅一の喉仏が大きく上下に動いた。眦を朱に染め上げた顔でしろを見下ろした琅一は、戸惑うように眉間にしわを寄せた。
「後悔するかもしれないぞ」
「しない」
「人の気持ちなんて、どれだけ変わるかわからない。簡単に言うな……」
「──しないよ」
琅一が愛しい。
思えば、怯える獣を手なづけるような日々だった。琅一は変に大人びた、難しいところがある。わずかに残った子どもの部分が歪に変質して、本人を傷つけるような、そんな危うさを孕んでいる。でも、しろは琅一を好きになって良かったと思った。
くちづけは自分から求めるようにした。唇を開くと琅一の舌が探るようにもぐり込んでくる。口内をさらわれると目眩がして、骨の髄から甘い液が染み出しそうな錯覚を覚えた。
「ん、んっ、ぁ……、ろい、ち……」
信じられない甘い声が出て、琅一にしなだれかかる身体からは力が抜けてゆく。持て余すほどの衝動を身の内に飼っているのに、琅一に触れられただけで表面から蕩けてしまいそうだ。
琅一はしろの身体を支え、そっと布団の上へと横たえた。
髪に触られると、心地いい。
「ん……っ」
さらさらと梳かれるだけで、はらはらと白い花びらが散り、白い布団の上へ落ちた。まるでしろの心地よさに反応するようにして生まれる花びらたち。これまで生まれるたびに、ずっと疎んできた彼らのことを、初めてしろは内心で詫びた。
(──おれの気持ちをあふれるほど代弁してくれてたのに、ごめんな……)
まるで生まれたての子猫にでも触れるような、琅一の遠慮がちな手にほどかれる。琅一の唇が、そっとしろの額に降りてきた時、震えていることに気づいた。
「くそ」
しろが瞼を上げると、琅一は声を滲ませた。
「いざとなったらこのありさまだ。情けない……」
しろに触れる直前の指が、小刻みに振動している。身の内から湧き上がる熱をしろが我慢できないように、琅一もまた、臆病な自分を隠してはおけないようだった。
「……普通だと思う。おれもこわいよ」
「しろ……」
震える指を両手で掴むと、かさりと花びらがあふれる。琅一の全部が欲しかった。情けないところも、弱いところも、怖いところも、全部。
「おれ、今まで琅一にみっともない姿ばかり見せてきたろ? 今夜こそ今までで最高にみっともなくなるかもと思うと、やっぱりこわいよ。ひとつになったら、景色が変わってしまうかもしれない。おれもだけど、琅一も。そしたら、ほんとに今、死ぬほどしたいし、琅一が欲しいのに、こわくなる」
「……」
「琅一が怖がってて、おれ、少し安心してるんだ。変だよな。おれだけじゃないんだってわかっただけで、嫌われない保証なんか、どこにもないのに……」
しろが言って、琅一の指先を握りしめると、指の間から花びらがこぼれた。やがて琅一が動いて、指を交差させられる。
「……怖いのは、お互いさまか」
「うん」
だけどそれだけじゃない。きっと愛しい気持ちも欲しい気持ちも、同じだけある、としろは信じた。
「お前のそういうところが、俺はたまらない」
「……うん」
おれも、と口を開こうとすると、唇を奪われた。今度は口蓋の奥まで舌が届き、顎の裏を舐められると、ふにゃっとなってしまう。
「はぁ、ん、ふっ……ぅ、んん……」
くちづけをされながら、琅一の手が帯を解いてゆく。しゅっ、と布の擦れる音に、欲情し、興奮を持て余しそうになる。しろも琅一の浴衣を乱そうと手を伸ばしたが、その手を素手で掴まれ、琅一の頬へと導かれると、かさりと音がして大量の花びらが散った。
──好きだ。
身体全体、琅一に触れるところ全部、しろの声を代弁してくれている。琅一がそれを見て、少し微笑む。こんなに簡単で単純なことなのに、幾重にも遠回りしたことが可笑しくもあり、愛おしい。
ぎこちない手つきで、互いに生まれたままの姿になると、琅一はしろの胸骨のあたりに手を当てて、心臓の音を確かめた。
「跳ねている」
「あ、当たり前だろ……っ、琅一だって、ほら」
「俺のは巨人の足音みたいだ」
「ん……、でも、俺と同じ。速い」
「うん」
うっとりと頷いた琅一が笑む。しろの顔にも自然にこぼれる笑みが乗っていた。二人同時に顔を上げて、くちびるをくっつけると、自然と舌が絡まった。ちゅく、ぢゅ、と卑猥な音が立つのも、まるで快楽を受け入れる回路を静かに開く行為のようだった。
くちづけを交わしているうちに、琅一の手がするりとしろの下肢へと降りていく。腿の内側を撫でられ、鼠蹊部を辿られるだけで、しろはすぐに勃たせてしまったが、琅一は肝心のところには触れずに、脇腹を通って胸にふたつある飾りの片方へと指を絡めた。
「ん、ふぁ」
密やかに色づく乳輪を指で円を描くようになぞられると、うなじがぞわぞわして、乳首の周囲にきれいに正円状に花が咲く。まるで乳首を筒状花になぞらえたように散っていく白い花びらたちに、しろが恥じらい、肩を竦めると、琅一はそっとその花の中心に唇を寄せた。
「っ……ん、っ」
口内に吸い込まれて、舌先で優しく嬲られる。それだけでしろの下肢で息づいているものは、早くも先端から潤みはじめていた。あまりされるとそこだけで極めてしまいそうで、しろは先を催促するように、琅一が握ってくれた手を顔の前に引き寄せ、その小指に軽く歯を当てた。
「ぁっ、んぁっ……」
刹那、ぢゅうっ、と乳首を吸われ、新たな快感に押さえ込もうとしていた声が上がってしまう。
「そこ……っ、ゃめ、っ……んっ、ぁっ、ぁぁっ」
片方を唇で、片方を指で愛撫され、身体が快楽にしなった。胸の上にきれいに丸く咲いていたはずの花びらが、振り落とされてぱらぱらと布団の上に散っていく。吸われ、舌先で転がされ、腰の奥の方からどろりと重ったるい衝動が湧き出てくる。
「ぁふ、はぁっ、そ、そこ……っ」
「しろはこれが好きだな。隠してもわかる」
「ぁっ、ちが、ぅ、うぅ……っ」
看破した琅一に、きつく胸の飾りに吸い付かれると、腰が動いてたまらなくなってしまう。最後まで結ばれこそしなかったものの、この部屋や、岩永のもとで散々嬲られた記憶が、今になって蘇ってきて、しろを恥じらわせた。今夜はその先に進むのだ。それを思うと、期待と緊張でどうにかなってしまいそうになる。
「しろ」
「ぁっ……っ?」
「俺のを一緒に握れるか?」
「ん……っ」
琅一の愛撫にたまらず腰を揺らめかせはじめたしろは、両手で二本の屹立を握るよう指示された。大きく長さのある琅一のと、普通寄りだと自分では思っているしろの熱杭を一緒に掌で包み込むと、琅一の熱がしろのそれを侵食するように犯される。
「そのまま、ぎゅっと握ってろ。離すなよ」
「ん、んっ、ぁ」
言い置いて琅一が腰を縦に揺らすと、しろの両手の中で、雄芯同士が熱を分け合い、擦れ合った。
「は、ふ、ぁぁ、擦れ、て、……っ」
「いいか?」
「んっ、ん、ろい、ちが、熱ぃ……っ」
「手を、緩めるなよ、ちゃんと握れ」
「ん、んんっ……」
ふたりとも、既にぐっしょりと汗をかいていて、しろの身体の前面に琅一の汗の粒が落ちて光りを放つ。濡れた吐息が湿った肌にかかり、微かなはずのその熱にさえ、刺激されて昂ぶっていくのがわかった。
「ぁっ、ぁぅ、ふ、ぅぅ……っ」
琅一は乳首に執着し、ちゅく、ぐじゅ、と音を立てて愛玩した。同時にしろが必死に力を入れて握った二人分の屹立が、ちょうど裏筋のいいところを互いに擦り合い、声が抑えられなくなっていく。最初は試すようにゆっくりとした動きだったが、慣れてくるに従い速さを増し、摩擦熱でどうにかなりそうなほど、しろの手は濡れて悦楽をもたらした。
「擦れ、る……ぅ、こす、れ、っ……ぁっ、ぁっ、吸わな……っぁ、ひぁ、ん……!」
琅一と絡まりながら、乳首を吸われながら腰を動かされると、もう駄目だった。ぽとん、ぽとん、と下腹部に、我慢していた絶頂の印の雫が落ちてゆく。同時に口内で散々に吸われた乳首を、琅一に甘噛みされると、ひとたまりもなかった。
「はぁ、はぁっ、ゃ、はぁ、ん、っ、は、ぁっ、ぁ、ご、ごめ……っ」
高みへ放り投げられ脱力したしろを見下ろす琅一は、まだ途上で、しろは思わず自分だけが極めてしまったことを謝った。
「ここが好きな奴は、淫乱なんだそうだ」
「ぁ……」
琅一が、しろの髪を確かめるように、ぱらぱらと花びらを布団に撒きながら、愛しそうに梳く。
「こんな少しの刺激でいくなんて、しろは感じやすくていやらしい」
「ん、ご、めな、さ……っ」
淫乱でいやらしいと言われて、しろは恥ずかしくて俯いた。しろと知り合う前の琅一には、女性経験があった様子だった。その時の誰かと比べられて淫らだと言われると、泣きそうになる。好きな人に触れられたら、どうしても抑えの効かなくなるところのあるしろは、やはり異常なところがあるのだろうか。
だが、琅一はそんなしろを愛しげに見つめ、「そういうところが、たまらない」と繰り返した。たまらなく、何なのだろうか。しろにはその意味が、よくわからない。
「──しろ、手を」
「?」
しろの手を取り、琅一の身体の中心へと持ってくると、屹立した熱杭にそっと指を触れさせられる。
「ぁ……」
「お前の中に入りたい。もう待てない」
「んっ……」
真摯な表情で言う琅一に、しろは瞬間、嬉しくなり頷いた。同時に何を怖がっていたのだろうか、と訝しむ。琅一もまたしろと同じ衝動を抱いていることがわかると、畏れる必要などないのだと悟る。
「欲しい。ちょうだい……」
しろが琅一の肩に手を回すと、そっとくちづけが降りてきた。何度も繰り返される交歓に飽きることがないように、琅一に応えようとしろは口内に入り込んでくる舌に舌を絡めた。
「ん……んっ」
くちづけされるたびにしろの中で琅一への愛しさが更新される。固く抱き合って互いの存在を確認すると、そのまま琅一の手がしろの下肢へと伸ばされた。
練り薬を後蕾に塗布され、ゆっくりと揉み込まれると、しろは中が熱くなってゆくのに気づいた。それまでだいぶ遠慮がちだった琅一の指が、ぬく、ぬち、と音をさせてしろのそこを受け入れる器官へと変化させてゆく。
「ぁ……ぁ……」
男として、身体をつくり変えられる気がして、いつもその場所へ琅一の手が伸びるたびに微かな不安があったが、目隠しのない状態で琅一の欲情した顔を目の当たりにした時、それが密かに悦びに変化した。まだろくに指すら入れられてもいない時から、しろのその場所は期待にわななき、あさましいとわかりながら、我慢できない自分を諌めつつも、身体は素直に琅一を欲しがった。
自然と開いてゆく膝を止められず、汗に濡れた肌を隠すこともできず、しろはあえかな声を上げてしまう。
「ぁあ……っ、ろ、いち、欲しい……っ」
「急くな。ちゃんと準備しないと、お前がつらくなるだけだぞ」
「ん……、っでも」
言いながら、琅一も、限界が近いように思えたのは、しろの欲目だろうか。
「これ……、こん、なの、入るかな……っ? おれの、あそこに、ぜんぶ、とか……」
握らされた琅一の怒張が、しろが言葉を発すると、一際力強くしなる。
「んっ、ぁっ、こ、これ……っ、欲しぃ……っのに、入らなかったら、」
「少し黙ってろ……っ」
「んぁぁっ!」
琅一の指に確実に捉えられたその場所を刺激されると、しろはいつも無意識のうちに後蕾を締め付けてしまい、わけがわからなくなってしまう。結ばれる瞬間まではせめて素面でいたいと願いながら、いつもその希望を琅一の指が撹乱し、破砕してしまうのだ。
「はぁ──ぁっ、ぃ、ぃぃっ……っ」
「これから、もっと良くなる」
「ぅぁっ、ぁあぁん!」
まるで精巧に組み上げられた歯車が崩れてゆくように、しろの快楽も破られるたびに強まってゆく。琅一は何度か練り薬を足して後蕾を潤ませると、本格的に指を複数挿入してきた。
「ぁっ、入って、くる、ぅ……」
「痛くないか?」
中の位置を微妙に変えるたびに、琅一は確認するようにしろの髪を梳き、瞼にくちづけを落とした。そのたびにしろが首を振り、ぱらぱらと白い花びらが、汗と一緒に散りゆく。
「ぅぁ、ぁ、あ、っ、もち、ぃ、っ……」
「そうか」
琅一はしろの拙い言葉から、意味を拾うと、ほっとしたように笑んだ。
「俺も気持ちがいい」
「っ、んで、にも、してな……っ」
「お前の中に埋まっている指から、びりびり刺激がくる。それに、お前が触ってる俺のからも」
琅一は言うと、再び練り薬を足し、さらに指を増やした。
「っ……るし、ぃ……っ」
「三本、入ってるの、わかるか」
「か、る……っ、ぁ、ぁっ……、それ、ゃめ……っ」
「ここが、いいのか」
「んっ、んっ……! め、しちゃ……っ」
「この場合」
「……っ?」
「駄目はいいの類義語だ」
「ひぅ、っ、んっ、ぁっ、ぁぁっ!」
そのあとは琅一の独壇場で、しろは散々喘がされ、声が枯れてしまうまで指戯は続いた。
「はぁ、っ、め、もぅ……っ」
欲しいとねだっても与えられず、拡げられて、いいところを嬲られるばかりだった。
「ぅぅぅ……、めぇ、れ、も、しな、でぇ……っ」
しろが泣いてせがんでも終わらず、そのまま極めてしまっても終わらず、逃げ出したくなり両腕で後ずさろうとしても、足首を持たれて引き戻される。快楽を駆使した拷問のような時が過ぎ、何度目かの絶頂を終え、蕩けきった時、初めて琅一はしろの後蕾から指を抜いた。
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