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第38話(*)

 大恐慌は瞬く間に全国に波及し、多くの中小企業と戦争成金たちが消えていった。  一方、岩永の投資先はいくらか利益を出し、琅一の薬屋も損害が皆無というわけにはいかなかったが、軽微にとどまったのは、岩永と琅一の奔走のせいだと言えた。  琅一の薬房では、刻々としろの花びらを精製した練り薬の研究がされている。どれほど時間が掛かるか読めないと弱気なことを琅一は言っていたが、岩永は一之介に思い入れがあるのか、普段は利益優先主義のようなところがあるはずが、琅一の薬房にだけは無担保で金をつぎ込んでいるようだった。  しろは、琅一と本当の意味で最後まで床をともにしてから、本当に元気になった。最近は、二日に一度は薬屋の店先に立つことができるようになり、しろを目的にくる客も次第に現れはじめるほどだった。琅一は渋い顔をしたが、しろは嬉しかった。  そして月に二度の、岩永のもとへいく日がやってきた。  琅一はしろへの独占欲と、岩永への忠義心との間で揺れていたが、しろと何度か話し合い、吹っ切ることができたようだった。謝罪もかねて、しろが着飾って行くと、顔を合わせた途端、「やあ、しろさん。琅一も」といつもの調子で言われてしまい、驚いた二人を見た岩永は、意地の悪そうな視線を寄越し、笑った。 「何だ、僕があんな一発ぐらいで怯むとでも思ったのかな? 琅一の、力もこもってない一発で?」 「岩永先生……」  反省と反発を滲ませたしろと琅一に、岩永はあんなことがあったあとだというのに、からっとしたものだった。 「絶縁状を叩きつけられた時に比べたら、あんなの屁でもないよ」  にこっと笑い、顎を手で撫でた岩永は、いつも以上にきらきらした少年のような目をしていた。 「にしてもその顔、ずいぶん色が乗ったものだ」  講義がはじまる前に、並んで座った二人を見て、岩永はしみじみと呟いた。  琅一がぴくりと反応したが、顔には出さずに黙っている。唯一、言われた側のしろが、何のことだかわからずに顔を上げると、「大人の顔をするようになったって意味さ」と言って笑われた。  もうこないかと思っていた、と切なげに言われ、しろは顔を赤らめて「すみま、せん……」と謝罪した。しろが殴ったわけではないが、琅一の暴走の原因の半分はしろにあるので、半分だけ謝った形である。 「しろさんは今日も可愛いねぇ」  言って、猫を招くようにしろを近くに寄らせた岩永は、全く反省の色示さず、しろの髪を梳いては喜んでいる。 「で、今日は何を見せてくれるんだい? 琅一」  しばらくすると、岩永は琅一へ話を振った。いつも講義の前には、しろが雫を吐き出すところを見せる、いわゆる儀式のようなものがあったが、その趣向を少し変えると言った途端、目を輝かせた岩永だった。  琅一は、正面から岩永を見て、しろと手をつないだ。 「俺としろの、つながるところを」  琅一と相談した末に、しろが提案したことだった。岩永が拒絶したら別の案も持ってきていたが、肝心の岩永は「へえ、それはまた」と興味を示し、なぜか両者が引き下がろうとしない均衡ができてしまう。 「一等席でご覧いただきます。しろが俺のものであることを、ご確認いただければ」  琅一が静かにしろを見たので、岩永の胡座をかいた上に跨ると、しろは軽く肩に手を添えてバランスを取った。 「失礼、します……」  恐るおそる顔色を伺うと、岩永はうきうきした様子でしろに微笑みかけた。 「うん。これ、いいね。すごく刺激的だ」  琅一が後ろから手を回し、しろの着飾った帯を解く。じわりと唇を噛み、羞恥心との戦いに競り勝たなくてはならない時間がしろに訪れる。 「へえ、これ、全部琅一がしたの?」  おもむろに裾を開き、肩から着物を落として諸肌脱ぎになった状態のしろの身体には、あちこち赤い痕が散っていた。昨夜、琅一に吸われたり、噛まれたり、引っ掻かれたりしたところが、痣になっているのだ。 「今日はこれを間近でご覧いただきながら、しろが吐き出すところを」 「琅、いち……」 「しろ、大丈夫だ。岩永先生に全部見せてやれ」  琅一の言葉にしろがこくんと頷く。恥ずかしかったが、今日は目隠しもなしだった。これは岩永への見世物であると同時に、しろと琅一が互いに忠誠を示し合う儀式でもあるためだった。 「んっ……」  琅一は懐から白い練り薬の入った小さな木箱を取り出し、下帯をほどいて、しろの後蕾に薬を塗布した。 「ぁ……」  ぬぐ、といきなり指を入れてくるが、細心の注意が払われているせいか、異物感と、かすかな期待がしろの心を乱す。 「昨夜、散々したばかりだから、まだ柔らかい」  あれから毎晩、琅一に抱かれ、熟れてしまっているしろの身体は、昨夜も念を入れて可愛がられたばかりだった。さすがに中に出された精液はかき出してきたが、琅一の指を一本ぐらいなら、すぐに飲み込んでしまえる。 「はぁ、っ……ろ、いち……っ」  ぬくり、と琅一の指が中で翻るのがわかる。そのたびに芽生える快楽とともに、昨夜の記憶が思い起こされ、しろはひとり岩永の視線を感じながら、顔を伏せて羞恥した。 「しろさんのあの時のいい声を、こんなに近くで聞けるとは。役得だなぁ」  言いながら、岩永は暢気にしろを覗き込む。  しろは恥ずかしさのあまり、そんな岩永をまともに見返すことができなかった。 「おれ、の声、も、琅、いちの、ものだ、から……っぁ、っ」  琅一の指がしろの後ろのいい場所を探り当てると、かすかに出る声を抑えようとするものの、結局は漏れてしまうのだった。ぬく、ぬち、と濡れた音としろの掠れ声が、岩永の鼓膜にも入っているはずだったが、岩永の態度は全く飄々としたものだった。 「んっ、ぁ、っ……、ぁ──……っ」  琅一が指を増やした時、しろがぎゅ、と岩永の肩に添えていた手を握り締めた。ぞくぞくとうなじが震え、思わず声が漏れるばかりか、岩永の肩に半ば縋るように身体を反らせる。にちゃ、ぐじゅ、とかき回される音が響き、しろは早々に音を上げた。 「ろ、いちぃ……っ、お、れも……っ」  半ば引き抜かれた琅一の指を、無意識のうちに腰を揺らして、しろが迎えにゆこうとすらする。岩永の肩に添えられた手が震え、しろは口の端から涎を垂らしてしまっていた。昨夜散々焦らされたせいで、快楽の喫水線が上がり、飛んでしまう寸前だった。琅一も焦らすつもりはあまりないようで、そっとしろの耳朶に向けて「入れるぞ」とだけ断り、琅一自身を後蕾へと挿入した。 「ぁ……ぁ、ぁ……っ、入、る……っ」  その頃には、しろの下腹のものが、岩永のシャツの腹に擦れるほど勃起していた。 「君たちが普段、どういう交わりをしているのか、何となくだけど、わかるねぇ、これ」  言われて思わずしろの後蕾が無意識に収縮する。琅一がしろの中へ自身を挿入すると、岩永に聞こえる大きさで言った。 「いつもよりきついのは、見られているせいか?」 「っちが……っ」  琅一が、岩永に縋り震えているしろの、両の二の腕を掴んだ。そのまま後方へ引き、腰を入れる。 「ぁ、あっ、あぁっ、あっぁ、っぁあぁっ……!」  あえかなしろの声が、部屋いっぱいに響き出す。がくがくとしろの頭が揺れ、畳の上に座った岩永の上にはらはらと花びらがこぼれだす。琅一は腰を大きく回すようにしたり、小刻みに突き続けたりしたあとで、さらに奥へと挿入しようとして、しろの片腕から手を外し、腰を抱いた。 「んんぅぅぁあぁぁ──……っ!」  ぴったりと結ばれた状態で、そのままさらに奥を目指す琅一の腰さばきに、しろは涙のかわりに花びらの子どもを岩永の上へと散らせた。性急な交わりにもかかわらず、感じすぎるほど敏感になっているしろは、結合の許す限りしろの中を犯そうとする琅一に翻弄されるばかりだった。 「ろ、いち……っ、好きぃ……っ、す、好き、好き、っ好き──……っ」  壊れたように途中から、泣きじゃくりながら琅一を呼んだしろは、既にぱらぱらと岩永のシャツに擦れるたびに、前から雫を落とし続けていた。 「な、かっ……中に、出し、てぇ……っ! だ、出して……ぇ、っ……!」  自ずとねだるしろは、そう躾けられているようだった。琅一が突く速さを加速させると、しろは閨の外まで聞こえそうな声で喘いだ。 「うん、これはたまらないね、しろさん」  岩永の子どものような好奇心に満ちた視線を、受け止めるだけの余裕が、もうしろにはない。琅一に突き上げられながら、しろは噎び泣き、哀願し、いきたいと駄々をこねた。 「しろ、ちゃんと、お願い、するんだろ……っ?」 「んっ、は、ぁっ、ぁ! み、見て……っ、せんせ、ぇ、しろの、っいぃ、とこ……っ」 「うん」  岩永が促すように頷くが、その目尻がわずかに愉楽の色を湛えていることに、しろは気づくことができない。 「い、いく、とこ、を……っ、見て、くだ、さ……っ、ぁあぁぁっ……!」  ころり、ぽとり、と再びしろが雫を絞り出すと、琅一がさらに卑猥な音をさせ、抽挿を速めた。 「ぅぁ、っ、ぁ! んぁっ、ぁあっ!」  琅一の先走りと練り薬の混じった結合部が、ぐじゅ、ぬじゅ、と酷く卑猥な音を立てて泡立っているのがしろにもわかる。だが、もう感覚器の全てが、琅一により与えられるはずの合図を求めて、引き絞られた矢のようになっていた。  そして、それは訪れた。 「──しろ、いけ」 「んぁあっ、は、ぁあぁっ──……!」  嫌というほど後ろから突かれたしろは、琅一が一際深く腰を入れた瞬間、まるで弾けるようにして上り詰めていった。 「はぁっ、ぁっ、ぁ、っ……んぁっ、はぁぁ……っ!」  白蝶貝のような結晶を、岩永のシャツに擦れた刺激でこぼしながら、しろは平衡感覚を崩し、一瞬がくんと前へと崩折れた。  刹那、琅一に掴まれていない方の手が岩永のズボンの前に触れ、肩で息をしていたしろは、思わず岩永を振り仰いだ。 「ぁ……っ」  岩永は、しろと目が合った途端、いつもの好奇心に満ちた目を少しだけ細め、切なげに笑った。 「うん。僕は不能だからね。勃起しない。いや、きみに魅力がないわけじゃないよ、しろさん。念のために言うが、誰としても同じなんだ。だから誠に残念なことに、きみにも手が出せない」 「先、生……っ、はぁ、っ、ん、は……ぁっ」  困った顔をした岩永は、いつもの表情で少しだけ目尻を染めていた。まるで泣いているようにも見え、しろはその瞬間、少しだけ岩永の奥底にある哀愁を視た気がした。 「ぁっ、っ、ぁっ……出て、る……っ」  ぐぐっ、としろの中で琅一の怒張が硬さを増した気がして、そのすぐ後に熱い奔流がしろの中へとぶちまけられる。同時にうなじにがぷりと噛みつかれた。 「ろ、ぃち、ぃっ、ぃ、痛……っ」  痛みと同時に与えられるものを、しろは全身を震わせながら受け取った。琅一の、限りない愛情を知っているしろは、くたりと背後にいる琅一へと全てを預けた。 「はぁっ、はぁ……っ」 「……っしろは、俺のものだ、──先生」  後ろから腕が伸びてきて、しろの身体を琅一が抱きすくめる。 「わかってるよ。僕もそこまで馬鹿ではない」  岩永は琅一に言うと、「にしても、花びら、出ないものだねえ……」と、琅一の胸に抱かれたしろの髪を梳きながら苦笑する。 「覚えているかい? 初めて出逢った時のことを。きみは、琅一が好きだと言ったものだ……」 「しろはあんたじゃ満足させられない。しろは、俺のものです、岩永先生」 「ぁ……んっ」  そのまま琅一の雄芯をぐぐっと押し込まれると、しろは中を痙攣させ、甘い声を上げてしまう。 「酷いな。不能の僕にそんなことを言うなんて、泣いちゃうぞ」  闇色の眸で独占欲を露わにねめつける琅一を、岩永は面白いものでも見るように見返した。  だが、茶化すように口を尖らせて琅一に文句を言いながら、のちに雑誌に勃起不全男の話をしれっと寄稿して、しろと琅一を呆れさせたのも、また岩永だった。

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