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 アパートの階段を空も飛べそうな気分で駆け上がり、三階の角部屋のドアノブへ軽々と手を伸ばした。  ガチャリとノブを回す。  満面の笑みになりそうな顔を無理矢理引き締めて、今朝破壊された玄関へ飛び込む。 「おーしニューイ、帰っ、……」  しかし──浮かれ男だった九蔵は部屋の中を見て、スンと黙り込んだ。  ああ、なぜだろう。  またしても、理解できない。  粉砕された食器類。分裂する掃除機。洗面所から室内へ続く道となっているのはシワシワの洗濯物。  その他各種謎のコゲや汚れ、ひび割れ。エトセトラエトセトラ。 「……オーケー。アイツの完璧な見かけから、ある程度はできるだろうと……思い込んだ俺も、悪かったな……」  ヒク、と口角が引きつった。  静かに靴を脱いで廊下を歩きつつ、床に落ちている洗濯物を観察する。  ご臨終した洗濯物はよく見ると穴が空いているものと破れているものがある。昭和のドジっ子でもここまでテンプレなバカはしない。  そっと室内を覗き込むと、硬直したままプルプルとバイブレーションしている非常識悪魔の背中があった。  おっと。室内はもっと酷いぞ。  目をこすってみるが、この惨状はなに一つ変わらなかった。全然理解できない。意味もわからない。  ただわかることは、一つ。  見るからに完璧王子なニューイ。 「まずいまずいまずいっ。九蔵が帰ってきた……っ! センタクキの押す部分が不明で突いたら穴が空いたし、勝手に起動したらあぶくが発生……っ! やむを得ず手洗いしたのに衣類が脆すぎるぞ、人間……っ! 皿はまるで飴細工のようだ……っ! 早く何とかしないと、驚いてとび出たしっぽが本棚を抉ったことがバレてしまう……っ!」  彼はものの一日で我が家を強盗侵入済みがごとき汚部屋へ退化させる、見掛け倒しグランドチャンピオンだということだ。  ──そして話は冒頭に戻る。 「なにをどうしたらこんなことになるのかわかりゃしねーなもう……っ!」 「ただ触れただけである……っ」 「よし、それが嘘偽りない真実なんだな? 本当に本当なんだな?」  九蔵は般若のごとき形相で、丸くなってブルブルと震えるニューイを睨みつけた。  こうなっては、精神をかき乱すニューイの顔を直視しないよう気をつけながらスマートに追い出すしかない。  そう決めた九蔵は言ってやると覚悟を決め、ガシガシと後頭部を掻き回す。 「なら触れただけで爆発なんかなおさら困るっ。留守番もできねーなら、今朝のことはなかったことにするしかねぇだろっ」 「!」 「悪いけどもう今すぐ出ていってく」 「うっ嘘だ! ほっ本当はわたっ私が無理やり引っ張ってソージキを破壊したのだ!」 「っ」  けれど、嫌いだと言われ慌ててニューイが顔を上げて泣きついた途端、喉の奥へ言葉が引っ込んでしまった。 「ふぎゅう」  反射的に泣きつくニューイを避けると、ニューイはベショッ! と床に頭から飛びこむ。それも今はどうでもいい。むしろそのくらいカッコ悪くて上等だとも。 「な、なぜ避けるんだいっ」 「悪いが、その顔を直視させながら俺に許可なく抱きつくな。多少距離を取ってくれ」 「人間フェイスなのにか……!?」  イケメンに揺らぐ表情を抑え込むとジト目の渋顔になる九蔵は、淡々と拒否する。  おかげでニューイはワナワナと震え、大粒の涙をポロポロと滴らせ始めた。 「くぞ、九蔵に……避けられた……! つ、辛い、切ない、うう、だって、だってソージキとセンタクキが、私の言うことを聞かぬのだ……っうう、避けられた……!」 「…………」  なにも泣くこたねぇだろ、と心の中で呆れてみせるが、相変わらず言葉にはならず、だ。

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