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 ガーン! とショックを受けたニューイはその場で膝を折り、うるうると瞳を溺れさせたままフローリングに三指をつくと、深々と頭を下げた。 「悪気はないぞ……! その、九蔵の言うとおりに無機物たちを動かしたはずが、動かず……諦めて衣類を適当に手洗いしたら、弾け飛んで……すごく綺麗になればいいと浮かれて洗い粉に能力を使ったら、な、なぜか爆発し……! ごごっ、ご、ごめんなさいなのだ……っ!」  惨状の経緯はとりあえず省こう。  ニューイはどこで学んだのやら、ジャパニーズ土下座スタイルで「離婚の危機なんてぇ……っ」と啼泣していた。  真剣に反省しているようだ。  離婚以前に結婚はしていないが。  ──いや。そんなことを言ったって流石にこれはもう無理だろ? 一日で二回も部屋をめちゃくちゃにされたんだぜ?  ──こいつに恨みはねーけど騒音で近所にバレたら暮らしにくいし……顔がいいからってこりゃ壊滅級の短所だ。許せる範囲超えてる。  心の中に住むマトモな九蔵は、フンッとそっぽを向く。金もないのに食器も家具も家電も服も大惨事。情状酌量の余地なし。  だがしかし。 「追い出すなんてとんでもない……っ。元通りに戻すから、どうか許してほしい……っ」  ビキッ、と、九蔵の中でなにかが吹き上がった。  ──正統派王子フェイスの涙目上目遣い……だと……? 視線がギャップの破壊光線すぎて即死するわ。  心の中で、マトモじゃない九蔵がひょっこりと顔を出したのだ。  ブロンドのドイケメンことニューイが瞳をうるませ、まるで捨てられるのかと怯える子犬のように、キューンと鳴く姿。 「…………許す」 「!」 「速やかにお片付けしてください」  顔がいい。ああ顔がいい。顔がいい。  九蔵、心の俳句。  あんなに怒り心頭だったはずなのに、九蔵はたまらない気分でニューイの謝罪を受け入れてしまった。 「うっ、や、優しい九蔵……! やはり九蔵は昔から私に優しくしてくれる、私は、嬉しい……っ」 「ニューイ、いいからお片付けしろ」 「うむ。了解なのだよっ」  顔を逸らす九蔵を前に、ニューイは留守番もできない自分を許してくれた九蔵はとても優しいと瞳を輝かせる。  ニューイの中で不本意ながらちゃくちゃくと九蔵の好感度があがっているらしい。  下心で同居を譲ったくせになにを言っているのかと言われるかもしれないが、好きだと言われると変な期待を持たせているようで嫌だ。  ならば、初めからこんな契約なんてしなければよかったと思う。  そうか、ついさっき自分の迂闊を嘆いた時点で、ニューイを叩き出せばよかったのに、とも思う。 「……くっ、そー……」  赤くなった頬を擦りながら、小さく悔しさの混じった悪態を吐く。  紺色エプロンを装備したイケメン悪魔のしょんぼり土下座は、強かった。  そしてそれにあっさり絆されてしまう自覚があるほど、九蔵はイケメンに弱かったのだ。  マズイことになるとわかっているのに、ついつい顔で絆されてしまう。  なんでもそつなくこなす美形。  に見えて顔以外がほぼ全て壊滅的な不器用悪魔を、なんのかんのと許してしまうのだ。  ──感情表現が豊かで笑顔の似合うニューイは、素直で一生懸命だが、手先が不器用で人間生活がヘタクソな悪魔。  ──人付き合いがヘタクソで笑顔が似合わない九蔵は、手先が器用で一人暮らしが板についたフリーター。 「はぁ……俺を後先考えないバカにしちまうんだから、世のイケメンは悔い改めてくれ……!」  これから始まる、自分と真逆な悪魔との生活は、波乱の予感しかしない。  強盗級に荒れた部屋の片付けをしながら、九蔵は早まった選択を後悔した。  序話 了

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