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第一話 片想いと片想われ※微
──……また、こんな……夢……。
自分の身が熟れた果実となり、それをそうっと握りつぶされていくような感覚。
「……ぁ……」
奇妙な感覚を覚えた九蔵は、霞んだ闇の中、しどけなく開いた唇で微かに鳴いた。
皮膚や筋肉の内側。柔らかな身体の芯を誰かに掴まれ、弄ばれる。
下腹部に飽和する言いしれないなにかがジュク、と果汁がごとく滲み、溢れた。
股の間を、果汁が伝っていく。
この身は果実などではないが、そう錯覚してしまう熱い粘液が、下肢をトロトロと濡らしていくのだ。
幾重にも伝ううち、とめどないゆばりが滴るかのような妙な解放感と終わらない悦楽が九蔵の精神を包み込む。
「……ぁ……ん……」
へその下あたりが熱い。
なにもかも理解できないままだが、これ以上はいけないという焦燥はあった。
ぐずぐずに熟した胸の果実の表面をなでるこの手が、奥に触れないでほしい。
ドクン、ドクン、と脈動するそれは、確か、九蔵の心臓だ。たぶん、そう。
「……そ……な……とこ、ろ……」
──そんなところを、触らないでくれ。
訴えたくともまともに口が動かない。まぶたも上げられず、指一本動かずにされるがまま。
そのうち両手が包み込むように九蔵の心臓に触れ、ていねいな指使いで表面の凹凸をなぞり、抱き寄せ、愛撫し始める。
「あ……あ……あ……」
グン、と背筋が仰け反った。
心臓に触れられているというのは錯覚ではなく、本当かもしれないと思う。
抱き寄せられたところで九蔵の内側から出すことはできないが、持ち上がった身に重力を感じたからだ。
脱力する肢体が弓なりにしなり、喉が逸れて不健康に白い喉仏が無骨に浮き出る。わずかにだが自分の意思で動かせるのは、首から上だけだった。
痛みはない。
夢うつつの思考はモヤがかかり、カーテンを透けて差し込む月明かりは淡く、なにも映さない。
人の体を好きにまさぐる姿の見えない無礼者は、ドクン、ドクン、と脈拍を変えずに弾む九蔵の心臓へ、両手の親指を埋め込んだ。
「──ァ……っ」
ズプン、と抵抗なく沈む指が心臓の核心に触れた時、言うことを聞かない喉の奥から、一際甲高い悲鳴が上がった。
そして下肢を滴る果汁がジャバッ、と洪水のように勢いを増し、九蔵の筋肉質だが細い内ももが、哀れに痙攣する。
「……アッ……アッ……」
それは強い、快感だった。
脳内麻薬が堰を切って染み渡り、中枢を充満していく。
触れてもいない股ぐらがジュクジュクと膿んで溺れている理由を、ようやく理解する。事実、濡れていたのだ。
心臓を愛撫され、九蔵のソレはくたりと項垂れたまま、なぜか透明な蜜をしとどに漏らしていたのだ。
ようやく理解しても、どうしようもない。手の持ち主は乱れる呼吸に合わせて上下する九蔵の胸に、静かに口付けた。
そしてそのまま、肌に舌を突き刺す。
「ッア゛……ッ」
舌が気遣いを感じる甘さで九蔵の中身を吸い上げた途端、目の奥に星が散った。
脳がショートする。
一瞬視界が真っ暗になり、全ての感覚が消え去ったかと思った。
しかし次の瞬間には、胸元へ引きずられるように全身の神経がわななき、九蔵の五感は強烈な淫惑に犯される。
「ァ……ッ……ッ……」
足先がギュウ、と縮こまる。
突っ張った身体は仰け反ったまま痙攣し、閉じられない口端から唾液が流れ、頬を伝った。
心臓に突き刺された指が動き、内部の誰にも触れられてはいけない部分をかき混ぜるたび、九蔵は持ち上げられた体を身震いさせ、か細い悲鳴をあげる。
射精はおろか勃起もしないまま、九蔵はもう何度も、軽い絶頂を繰り返していた。
本人は気がついていない。
おおよそ普通に生きていて、こんな快楽を一息に味わわされることなどないからだ。
性への関心は人並み。いや、人並みより無関心かもしれない。
そんな無垢な身体を異常な手法で肉欲の沼へ堕落させていく、不埒な誰か。
貞淑を守ろうとしていた思考は、最早遠く彼方へと消え去っていた。
正気が失せてく。
強すぎる快感と強制的に注がれる快楽成分は、九蔵を一時的にトリップさせる。
「ッ……ッ……ッ……」
身の内側を生きながら身動きできずに啜られているというのに、それを認識できず、淫蕩の波間で揺れながら絶頂する時間。
微かな嬌声と衣擦れの音。
チュプ、と肌を舐めながら生気を啜る水音が混ざり、たゆたいながら反響した。
真っ暗な室内は、月明かりを透かすカーテンだけが色を持つ。
そこに写った影は、ゆらりゆらりと弛緩しきった両腕と首を揺らす九蔵と、もう一つ。
双翼と双角が伸びる影の禍々しい異形の手が九蔵の体を抱き寄せ、気配を殺し、その身を貪っていた。
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