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◇ ◇ ◇
破壊魔な悪魔を叱り飛ばしては顔で絆される生活を繰り返し、一週間が経過した。
「ココちゃーん! モリ三丁モリ親子一丁並二丁タマゴ二丁!」
「はい! モリ三丁モリ親子一丁並二丁タマゴ二丁!」
今日も今日とてアルバイトに精を出す九蔵は、フロアからの注文を受け、素晴らしい手さばきで仕事をこなす。
平日のランチタイムは、牛丼チェーン店〝うまい屋〟のかきいれ時なのだ。
毎日現場仕事の男たちや近所で働く人たちによって、店内飲食も持ち帰りも関係なく、爆発的に客足が集まる。
しかし、長い一人暮らし歴により培った家事スキルと器用貧乏な性を持つ九蔵からすれば、なんてことはない。
どこぞの悪魔とは真逆だろう。
子犬のような愛嬌もにこやかな愛想もないので厨房専門のスタッフだが、ローテンションでそつなくこなすのが個々残 九蔵である。
素早く注文の丼物を用意して提出。
同時に下げられた食器を引き取って洗い、食洗機に投入する。
食材と食器のストックに注意しつつ、注文の声を聞き逃さない。無駄のない華麗な動きだ。
ピークが終わるまでの二時間。
考え事をする暇もないほど忙しいこの時間が、九蔵はことの他、好きだった。
忙しいピーク時間が過ぎ去り、店内に客が誰もいなくなった頃。
「コーコーちゃん!」
今日のフロアを担当していた女性が、すぐ前にあるカウンターから身を乗り出して厨房を覗き込み、ニコ! と笑いかけた。
──|美苑《みその》 |夕奈《ゆうな》。
去年籍を入れたばかりの新婚さんで、パートスタッフである。
抜群のスタイルに口元の黒子が印象的な清楚系の大人の女性だ。長い黒髪をキッチリひとつにまとめて、帽子の中にしまっている。
しかし性格は容姿を裏切る天真爛漫さで、誰に対しても人懐っこい。
個々残という苗字から九蔵に〝ココちゃん〟というあだ名をつけたのも、夕奈であった。
悪くはないが、いい歳をした男のあだ名としては些かかわいすぎて恥ずかしい。
「ね、お話しましょう?」
「いいですよ。なんか俺に聞いてほしいことでもあるんですか?」
「ふっふっふ~。今日は夫関連の相談でも、晩ご飯の相談でもないわよ!」
ディナータイムの仕込みを終えて向き直ると、夕奈は意味深な笑みを浮かべ、顎に手を当てる。
「ココちゃん、なぁんか最近落ち着きないわよね? なぁんでかなぁ~?」
「え。あ、あ~」
ギク、と心臓が跳ねた。
落ち着かないって、そりゃあそうだ。
なぜなら九蔵の自宅には今、一日で二度人の部屋を破壊する生活能力が壊滅的な悪魔が、一人でお留守番をしているのだから。
曖昧な声で誤魔化しつつ記憶を思い返すと、脳内の小さな九蔵がため息を吐いて頭を抱え始める。
この一週間……ニューイの生活能力は、目も当てられない散々なままだった。
いや、もう本当に散々だ。
安定して散々だ。
九蔵は悪魔的思考回路で家具家電を破壊するニューイを叱りながら、一通りの家事のやり方を叩き込んでいる。
けれどニューイは頭脳がマヌケだ。
理解はできている様子なのに、なにがどうしてか奇行に走る。
好奇心も旺盛で仕方がない。カップラーメンを三分待てずに、カップごとかじりついて微妙な顔をしていた。
悪魔様。カップは食べる、物じゃない。
九蔵、心の俳句。
腹を壊すぞと慌ててひっぱたいたものの、叱られたニューイは絶望して倒れたのだから手遅れである。
夜眠る時は、特に酷い。
客用の布団を床に敷いてやったのだが、ニューイは九蔵と同じベッドで寝たがった。
曰く〝夫婦は一緒に眠るのだろう?〟。
……前々から思っていたが、男なのに自分を嫁だと言うところといい、ニューイは人間の結婚に対する認識がお粗末だ。それを差し置いてもそもそも九蔵とニューイは夫婦ではないので、その理論はまかり通させない。
当然、九蔵はノーを言い渡した。
好みドストライクのイケフェイスをドアップにされて安眠できるようなメンタルは持ち合わせていないからだ。
ニューイは素直にすごすごと引き下がり、布団の上で丸くなった──が。
代わりにカタピシと寂しげに軋む骸骨。密かに視線をやると、悪魔姿に戻っていた。なんでやねん。
曰く、寂しいとメンタルが保てなくて姿が悪魔に戻るらしい。
どういうシステムだろう。
理解不能すぎる。
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