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そうしてじゃれていると、厨房に繋がる従業員入り口のドアがガチャ、と開いた。
「おいーす」
「おいーす! ナスくん!」
「はよ。ナス」
「ナスって言わんでくださいス」
唇をとがらせながらのっそりと現れたのは、百九十近い長身と伸ばしっぱなしのプリン頭が特徴的な、強面男。
──|真木茄《まきな》 |澄央《すおう》。
名前の真ん中から取って〝ナス〟と呼ばれている。もちろん命名は夕奈である。
九蔵の二つ年下の大学生アルバイターで、うまい屋バイトでは一年後輩だ。
黒目が小さく切れ長な目が特徴的。街で目が合えばコンマでルート変更をしたくなる風体でもある。
初めは気が引けたが、今じゃここで一番気の合う友人だ。澄央大好き。おおむね間違いない。
「んじゃ代わるスよ、ミソ先輩」
「あーい! お先に上がるわね~」
「はい。お疲れ様です、ミソ先輩」
「お疲れ様~!」
服を着替えて出てきた澄央と入れ替わりに、終業時間となった夕奈が事務所へ上がっていくと、店内には二人だけとなった。
ジト目で無愛想な九蔵と三白眼で強面の澄央が二人で回すこの時間。
うまい屋のメンバーには〝一見さんお断りタイム〟と呼ばれているが、当の九蔵たちは知る由もない。
閑話休題。
客がおらず換気扇が回る音だけが響く店内で、カウンターに立つ澄央がおもむろに振り向いた。
「……ココさん」
「うしこい」
さて、と声をかけられる。
これがいつもおなじみ。二人の密かなお話の合図なのだ。
キッチンに立つ九蔵は一歩踏み出し、カウンターに両肘をついて前のめった。
「ココさん。今朝のマイン……マジすか」
「あぁ。嘘偽りなくな」
頷いた瞬間、緊張が走る。お互いに目を離さず、見つめあった。
やがて澄央はスッ、とエプロンのポケットからスマホを取りだし、その画面を見せつける。
「……〝実は、玄関ドア破壊系常識なし悪魔にプロポーズされたんですよね。もちろんお断りしたけど、その悪魔が人間に変身すると正統派王子系の超イケメンだったから、顔に免じて居候させることにしちまった。っていう報告です〟……」
「…………」
ゴゴゴゴ、と威圧感を感じる渋面で、澄央は今朝九蔵が送ったメッセージの内容を復唱した。
夕奈と違って目ざとい友人である澄央には、アルバイトのたびにそこそこの頻度でエンカウントする。様子の変化をごまかせる気がしなかったので、前もって説明をしたわけだ。
しかしながら、やはりお怒り。
九蔵はなにも言わず、静かにもう一度頷いて肯定した。澄央の目付きが鋭さを増す。
「……玄関ドアの破壊なんて、非常識極まりねぇし怪力すぎるスよ」
「わかってるさ。壊したものは全部、悪魔の能力で直してもらってる」
「壊せる力があるっていうのがもう危険なんスよ。ココさんだって木っ端にできるんス」
「それもわかってんだ。追い出そうとした時もあったけど、どうにも……あの捨て犬みたいな顔がなぁ……」
「いくら柔軟体質でも、無闇矢鱈と拾ってきちゃだめス。不審者ス。心を鬼にするス。なにが目的なのかわかりゃしねースよ」
「あー……俺の嫁さんになりたいらしい」
「ココさんに嫁さんできたら寂しいス」
「俺もナスに嫁さんできたら寂しいよ」
「リアルの嫁さんは今のとこ作る予定ねース、俺。だからココさんもやめるスよ。不審者悪魔の嫁さん……反対ス」
「ナース。落ち着けって」
「反対ス」
「ガンコちゃんモードなのな」
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