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 その日の夜。 「うごぁ、うぶ」 「…………」 「んご、ごごご」  シャッコシャッコと軽快な音をたててブラシを動かしながら、九蔵はクマがこびりついた双眸から光を消していた。  言わずもがな、ニューイのせいだ。  人間の食事を取らなくても問題ないらしいニューイが物欲しそうにするものだから、銀シャリを与えたのが夕飯時。  それに付随して生まれた歯磨きという行為にて洗面台を破壊したポンコツ悪魔には、心底呆れる。  おかげで九蔵は神々しいイケメンの顎を掴んで、幼児よろしく歯磨きをしてやるはめになった。  予想外すぎるだろう。ミントの爽快感に驚いて歯ブラシを吐き出しその勢いで鏡を粉砕するなんて、誰が想像するんだ。神でも予測できまい。  そして歯磨き粉が辛いのだとへちゃむくれていても、ニューイはイケメンであった。 「見掛け倒し世界チャンピオンめ……」 「むぶ」 「はい終わり。口ん中ゆすいで、歯ブラシしまってから寝な」 「もごぅ」  コクリと素直に頷いたニューイに歯ブラシを渡して見送り、九蔵は抜けない疲労を抱えたまま、ベッドにもぐりこむ。 「……はぁ……」  ドアに背を向け、目を閉じた。  ずっと一人で暮らしていたから、誰かの世話にこうも気をもむ生活が久しぶりで、少し疲れてしまった。  何度もやめようと思ったが、そのたびに顔で絆されて一週間。  イケメンに弱い自分の性質は困ったものだ。ううん、と頭を抱える。  そうして疲労を感じていると、ギシ、と床板が軋む音が聞こえた。  ニューイが戻ってきたらしい。静かに部屋の電気を消して、ベッドのそばに座り込む気配があった。 「九蔵……今日もたくさん、ごめんなさい、なのだ。わざとやったわけじゃなくて、その、悪魔としての私の暮らしの中で、人間の使う道具は使わないから……前のめりになる性格も、良くないとは思っている」 「…………」 「あ、明日はもっとうまくやるぞ。頑張るのだ。許してくれるかい……?」  小さな声でおっかなびっくり様子を伺いながら、背後でそう謝られる。  ……ズルイ、と思った。  毎度のこと。  こうなったら、九蔵に許される行動は、世間的に一つしかない。モゾリとみじろぎ、ベッドの半分のスペースを空けてニューイに見せる。 「……はいよ。もういいから、寝な」 「! ありがとう……!」  九蔵は、なるべく柔らかい声を出した。  許されたと理解したニューイは表情を明るくし、嬉しげに笑って隣に潜り込む。触れてはいないが背中に他人の熱を感じた。近くにいるのだから当たり前だ。 (なんだかな……夜はこいつの顔見ねーで済むから、頭が冷静で困っちまうぜ)  静かに目を閉じる。  子犬のようなニューイ。これは素直にかわいいと思う。だから嫌いじゃない。本心だ。九蔵は嘘を吐いてない。  だが、多少……こういう距離の近い相手と自分は、向いてない。  ──このままコイツとずっとは無理だ。俺は、選択肢をミスったんだろうよ。  ゲームじゃあるまいし〝ミス〟だなんて。けれど他人との関係をそう形容してしまうくらいには、自分の性根はクソッタレだ。  そういう愚かな性質を持ってしまったのはいつからか、思い出したくなくて、九蔵は眠りを深めていった。

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