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──その日、夢を見た。
最近よく見る不思議な夢じゃない。階段のない屋敷の中で、壁一面の本棚を誰かの腕の中から眺めている夢だ。
『イチル、次はどの本がいい?』
聞き覚えのある声が穏やかにかけられ、九蔵の一瞬白く感光した視界に〝お前の好きな食べ物が載っている本がいいな〟と文字が浮かぶ。
これはたぶん、誰かの記憶。
声もない答えの決まったセリフを主観で見ているこれは、自分がよくするゲームと似ている。
『私の好きな食べ物は、人間の魂だな。それから人間の欲望。生気。調べなくても、イチルの尋ねることにはなんでも答えるぞ』
声の主、ニューイが骸骨頭をカラコロと嬉しげに鳴らし、一冊の本を手渡した。
オレンジの背表紙の本。
紙が分厚く、作りがやや荒い。高そうだ。現代では見ない。
『しかし、悪魔は人の食べ物を食べなくても死なないのに、そんなものを知りたがるなんて……イチルは変な子だ』
ニューイから本を受け取って熱心に読む夢の中の九蔵へ、ニューイは歌うように聞かせた。
けれど夢の中の九蔵は首を横に振り、小首を傾げて茶目っ気たっぷりに微笑む。
〝ダメ。つまらないことを言ってはいけないね、ニューイ〟
『えう、私はつ、つまらないかい……?』
〝うん。とても〟
『とても……っ!?』
〝だってニューイ、死ななくってもお腹は減るからね。そうでなくても美味しいものを一緒に食べたほうが、お前の食事は楽しいよ〟
『ん……』
〝一緒に食事をしよう? 人間の魂くらい、いくら食べても大丈夫さ〟
『そうだね。一緒に食事をしよう』
視界の白にセリフが浮かぶたび、ニューイは表情、いや表音をカラコロと変えて、最後には切なげにピキンと軋んだ。
──あぁ……イチルは人間だから、人由来のものを好んでいるニューイへ自分を捧げる気なんだって、わかってるんだな。
ズキ、と胸が痛くなる。
なぜか、ニューイの笑顔の理由がわかってしまったからだ。
ちっとも覚えのない記憶なのに。感情がシンクロしたわけでもない。ただ、理由を知っていただけ。
『こんな、身のない体を気遣ってくれるのはは……人間のキミだけなのだよ』
それでも、ニューイは幸福そうだ。
自分を想って試行錯誤しようとするイチルが愛おしいと、そのたおやかな眼窩の光で語りかける。
なるほど。ニューイの言う前世の恋人は、この声も姿も九蔵には見ることができないイチルなのか。
『それじゃあ、私の本当の好物を教えるぞ』
〝ん? 魂じゃないのかい?〟
『うん。魂は嘘っぱちだ。本当はな? 私の好きな食べ物は──』
その続きを聞く前に、九蔵の意識が夢の中からフワフワと薄れていく。
肝心、と言えばそうかもしれない。どうせなら知ることができれば、上手く現実でも生かせられたはずだ。
──もったいないかも。
そう思いながら、九蔵の意識は夢も見ないほどの深みへと、沈んで行った。
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