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 トン、トン、と鈍重な足を動かし続け、ようやくアパートの部屋の前へたどり着く。たどり着かなければよかったのに。気まずすぎて吐きそうだ。  ガシガシと髪を無駄にかきまわし、左手に握ったエコバッグの持ち手を潰す。 「アイツが本当に出ていったら、これは意味ねぇけど……まぁ、それが一番有り得る話だろうな。……それでいいとも思うし」  エコバックの中身を思い、ゴニョゴニョと男らしくない言い訳をした。  こうしていても埒が明かない。  投げ出したい複雑な気持ちを抑えてドアノブを回し、思い切ってガチャッ! と勢いよくドアを開く。 「お、おかえり、主……! お仕事お疲れ様なのだ、じゃなくてっ、お疲れ様だね!」 (…………は?)  その先で、なぜか愛用となった紺エプロンを装備したニューイが──ぎこちなく聞き覚えのあるセリフを吐き、出迎えた。  ポカンと為す術なく硬直する九蔵の背後で、バタンと玄関のドアが閉まる。  なにがおきているのやら。  喧嘩をしたはずのニューイが、どうしてか自分を出迎えてくれているなんて。  それにさっきニューイが言ったセリフは、仕事が終わる時間にユノを開いた時のセリフだ。ボイス図鑑にだって載っているので間違いないし、九蔵が間違えるはずもない。  この玄関はビックリポイントなのか?  なんせ事件はいつも玄関で起こっている。呪われているのかもしれない。それほど理解しがたかった。 「今の……ユノの、セリフ?」 「! そうなのだっ」  なんとか震える唇を動かすと、妙に引き締まった面持ちで九蔵の反応を待っていたニューイがパァ……! と表情を明るくさせた。  九蔵は素早く焦点をずらしてボカす。  メンクイを隠す九蔵は直視回避術のレベルは上がっているのだ。イケメン本人にメンクイがバレるとろくなことにはならない。  九蔵の苦労に気がつかないニューイは、もじもじと照れながら首を傾げる。 「実はね、九蔵と話をするために、イケメンとやらの教えを乞うたのである。だって、九蔵はイケメンが好みなんだろう?」 「っえ、っ」  不意にそう言われた九蔵は、肩をビクッと跳ねさせた。イケメンが好き? メンクイだとバレたのか? なぜだ?  ちょっとアレなくらいイケメンが好きすぎる性質はうまく隠している。  今だって過剰な反応は堪えた。モモ肉を捻っていつも我慢している。うっかり悶絶した時もちゃんと誤魔化していた。 (〜〜……っいや、まだ確定したわけじゃねぇ、はず……っ) 「け、経緯がなんであれ、それを真似する理由にならんでしょうが」  心臓が混乱から激しく鼓動する中、九蔵は危険物な顔を見ないようにそろ~っとニューイの様子を伺った。  当然合わせる顔がないだとかそんな思考はすでに吹き飛んでいる。  九蔵に伺われたニューイは、ゴクリと唾を飲んだ。それから覚悟を決めたようにくっと唇を噛んで、真っ直ぐに言葉を伝える。 「九蔵、私は仲直りがしたいのだ」 「っ……」 「だって、私はキミがいいのだから。キミを愛しているのだから、一度の喧嘩でキミを諦めたりしないよ。……できないのだよ」 「あ……」  できないのだよ、と言いながら、ニューイの目尻は愛おしげに緩められた。  九蔵には理解できない。喧嘩をしたのにどうして謝るのか。悪いのは自分だ。ニューイはなにも悪くないというのに、どうして。  どうして──諦めないのだろう。

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