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「私は今朝、寂しいと拗ねて……九蔵に酷いことを言ってしまっただろう? あの時、私は私の好意を、九蔵に押しつけた」
「それはっ……その……」
「同じ気持ちを返せないキミは噛み合わない私との関係に悩んでいたというのに、私は勇み足で、自分の感情のまま大きな変化を望んでしまった。言いたくないことを言わされた九蔵は、ずいぶん苦しかっただろう」
「いや、そんなことっ……」
「私が悪かった。本当に、申し訳ない」
「っ違う! あ、あれは……っお前が頭下げる必要ねーんだよ……っ!」
わざわざ九蔵に都合のいい解釈をして頭を下げて謝罪するニューイに、九蔵は思わず声を上げて否定した。
違う、違うのだ。
そんなに甘やかして寄り添わないでくれ。親鳥が卵するように温めないでくれ。
「ニューイ。お前がなにを思ってそんなこと言ったかわからんけど、お人好しの善良もほどほどにしな……?」
九蔵はキュゥ……と眉間に皺を寄せ、下手くそな作り笑いで口角を引き攣らせた。
「今朝のは、お前は正しいことを言った。俺が悪い。自分でわかるよ。俺は冷たくて自己中心的で、他人から見ると〝コイツはなにがしたいのかわからねぇ〟ってなことをした。最後には逃げちまって、だから、その、もう……」
「九蔵」
「……っ……もう、あんま俺のこと、キレイだと思うなよ……」
オロオロと戸惑い狼狽える声を至極優しく名前を呼んで遮られ、迷子のような困惑と悲哀の滲んだ声へ変わる。
それでも九蔵は、続きを言った。
言わずにはいられなかったのだ。
なぜ、悪魔の瞳は美しいのだろうか。
澄んだルビーの瞳は人間の瞳とはまるで違うから、醜悪な人間をいいようにとらえる高性能なレンズも搭載しているのかもしれない。
九蔵のレンズは濁ったガラスだ。
自ら決めたことなのに我慢できず悪い感情を抱き、ついに喧嘩をして一番最低なやり方で傷つけた自分は、稀代の悪党だった。
これ以上隠したかった本心をさらけだして相手を傷つけてしまうのならいっそ二度と会いたくないと逃げ出した、自己防衛に忙しい臆病者。
今だって変わらない。
平気なフリをして悪かったと部屋から出て、また平気なフリをして悪かったと戻り、なぁなぁで和平を望む。
なのにニューイは──こんな九蔵を、キレイだと思い込んでいる。
彼は諦めない。心の摩擦を恐れない。
九蔵と共にいたいから、共にいるための方法を探す。彼にとって一度のミス は終わりじゃない。
九蔵の頭にはなかった方法だ。
「キレイじゃないなんて……キミが自分の魂を見られないことが、とても残念だ」
「っ」
ふと、肉に擬態したざらついた白骨の指が、九蔵の顎に触れた。
そんなに柔らかい糸で引き寄せられると、自分が惨めで消えてしまいたい。
しかし九蔵が「見なくてもわかる」とゴニョゴニョ言っても、ニューイは「九蔵はキレイだぞ」と首を横に振って重ねた。
「もしキミにはそう思えないとしても、キミの魂が見えるのは私だからね」
「……っ……」
「私の目には、事実、キミはキレイだ」
指から逃れるべく自然と正面を向くと、宝石じみた瞳に捕らえられる。
微かな抵抗も溶かすように逸らした顔を愛撫する指。
「……そうかい」
ニューイに素肌をなでられると狂おしいほど逃げたくなったが、九蔵は初めて身動きをこらえた。
指先が冷えない熱を感じ、ニューイは嬉しげに破顔する。ほら、結局キミも歩み寄ってくれているじゃないか。
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