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「喧嘩をしてよかったのだよ」 「バカ、喧嘩なんかごめんだろ」 「そうでもない。確かにキミの考えはよくわからないと思ったけれど、別の視点を知って理由を考えて……私はしめたと思った」 「しめた?」 「フフ、悪い男だろう?」  ニューイは唇に指先を当て、あなただけにとてもお得なお話を! とばかりにニヘラと頬を緩ませた。 「私は、九蔵が疲れない距離からキミと話をしたいのだ。九蔵が私を傷つけてしまったとあんなに悲しい顔で家を出たように、私だって九蔵を傷つけてまで距離を詰めても、必ず辛くなるに決まっている……だから私は、私の愛する人の心地いい距離を保ち、私のそばに慣れさせることにしたのだ」 「はっ……?」 「九蔵が幸福なら私も幸福。〝私のそばにいると幸福だ〟と思わせるほど、まずは好かれる男を目指してやろうと決めたぞ」 「!」  九蔵の鼓動が、トクンと高鳴る。  ──キレイなのはどっちだよ、アホ。  なんの臆面もなく言い切ったニューイは、頬を上気させ、真っ直ぐに九蔵を見つめて笑っていた。  自分の頬もニューイと同じように赤くなっているだろう。けれど今だけは、いつものように目を逸らして誤魔化せない。 「私は、九蔵に好かれたいよ」 「俺は、前世の記憶とか、ねぇよ」 「わかっている。だから、一から始めるのだ。私が愛した同じ魂だけれど、九蔵は九蔵……九蔵と笑って共に暮らせる距離を、私に教えておくれ」 「っ……そういうことを全く考えなくて間を置かずに言えるって、なんだよ……お前さん二次元から出てきたのかね……」 「ニジゲン? は、わからない。私は九蔵と婚姻を結ぶために悪魔の世界から出てきた、人間に擬態中の悪魔だぞ?」 「本当にお前は悪魔だよ、ニューイ」 「! こ、怖くない悪魔であるっ」 「あはっ、そうだなぁ」 「わっ……!?」  魔性だという嫌味を怖い悪魔だと言われたと勘違いしたニューイが慌てていて気が抜けてしまい、九蔵はつい吹き出した。  笑った弾みで、手が頬から離れる。  手の持ち主に視線を向けると、目を丸くしてポカンとこちらを見つめている。 「く、九蔵の素笑い……初めて見た……なんだか無邪気で、かわいいのだ……」 「……アホ。そゆこと言わねーの」  九蔵は素早く緩んだ頬を引きしめた。  あまり軽率な発言は慎んでほしい。サラリとかわいいなんて言われると変な勘違いをしそうになる。  引きつった笑みや苦笑いくらいしか九蔵の笑顔を見たことがなかったニューイには、新鮮に見えただけだろう。  わかっちゃいるが、作った笑顔が下手くそと言われるより素の笑顔がかわいいと言われるほうが複雑である。端的に照れる。  だが、まぁ……悪くない気分だった。  毎日イケメンと暮らしたことで素早く視界をボカすスキルをゲットしたため、きっと少しは、ニューイを見つめられるはずだ。 (あ、そういえば……) 「あー……ニューイさん」 「ん?」  うっかり忘れていたことを思い出した九蔵は、桃色の頬をポリポリと掻く。  それから左手に握ったエコバッグを軽く掲げ、下手くそな笑みを見せてみた。 「とりあえず、部屋に上がろうぜ。その……お詫びの品ってのが、あるもので」

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