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部屋の中へ上がった九蔵は、驚いた。
なぜなら朝とまるで変わった様子がないほど、部屋の中が整然としていたからだ。うちの悪魔様もやればできる子だったのか!
エプロンをつけたニューイがマズイマズイと焦っていなかったことと洗面所と廊下がキレイだったことである程度予測はしていたが、実際そうだと感動すら覚える。
けれど誇らしげなニューイに嬉々として説明をされると、感動もキレイに霧散した。
「どうだい、なにも失敗していないだろう? なんてったって、私は今日なにもせず、ずっと九蔵のベッドの上でおかえりのセリフを練習していただけだったのだ……!」
「…………」
(やればできる子じゃなくて、やらなければできないことも当然ない子、だったか……)
気持ちだけはめいっぱい。
夢と希望も、めいっぱい。
うちの子犬は見た目ばっかり上等で中身はうっかり祭りをする子だが、いつだって全力百パーセントである。愛すべきドジなパピーだ。
九蔵は胸を張るニューイの頭を、無言でポンポンとなでた。
「うんうんよーしよしいいこだニューイ。なんにも壊さないで俺を出迎えてくれてありがとうございます」
「ウ、フ、フフフフフゥ」
驚きオロオロと焦りと照れに震えつつもなにやら嬉しそうに笑うニューイ。
もう喧嘩はこりごりなので、今日のところはこれでよしとしておこう。
その後、ニューイにスマホを返され事の経緯を説明してもらった。
九蔵の好みの男になりたいニューイは、九蔵の視線を奪ってやまないスマホの中のイケメンに目をつけたらしい。
機械オンチだったのでちょっとした助力を仰いだと言う。
まさかご近所さんを頼ったのか? と血の気が引いたが、そうじゃないそうなので問い詰めなかった。
悪魔にも隠し事の一つや二つあるだろう。こういう時に問い詰めないところが順応体質な九蔵の長所だ。
そうしてお手本をゲットしたニューイは協力者に図鑑ボイスを開いてもらい、セリフを覚えて練習したのである。
イケメンの物腰を真似て労を労う。
本気が伝わり、あわよくば好感度もあげようという悪魔らしい思考だった。ニューイはいちいち人間のノーマルからズレている。
閑話休題。
そんなこんなで一件落着の現在──九蔵とニューイはひとつのちゃぶ台を挟み、向かい合わせに着いていた。
「……ん」
「?」
いつもはなにも置いていないニューイの前に、九蔵はおもむろにエコバックの中身をコトンと置く。
温かい熱がテーブルに広がり、ニューイが首を傾げた。
「九蔵、これは?」
「牛丼」
「ギュードン」
うまい屋の定番・牛丼(並)。
みんな大好きハズレなしの一品である。人気投票でもいつもトップだ。これを持ち帰って文句は言われまい。
オウム返しに繰り返すニューイの反応を平然を装って伺いつつ、素知らぬ顔で頷く。
「しかしなぜ私の前に?」
「お前さんのぶんです」
「へっ……?」
「悪魔はメシがいらないってのはわかってるけど食べれるんだろ? うまい屋のメシなら従業員割引きで安く買えるしサイドメニューも貰ってきたし、全然負担でも手間でもない。だから、まぁ、なんだ……一緒に、メシ食おうぜ」
「へぁっ……!?」
──メシ食おうぜ。
このセリフは他人との摩擦が苦手ですぐに身を引く九蔵の、精いっぱいの〝仲直りしましょう〟だった。
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