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「私にとっては日常だった。キミは忘れているが、そうして暮らしていたのだぞ」 「んー覚えてねーな」 「構わない。また約束をしよう」  幸せな約束は何度でもしたい。  クルリ、クルリ。溶岩に囲まれた石の塔の最上階で、ニューイは不釣り合いに浮かれた足取りをターンさせる。 「まず、おはようからおやすみまで、全ての挨拶にキミを好きだと告げる。〝おはよう九蔵、今日もキミが大好きだ〟〝おやすみ九蔵、明日もキミが大好きだ〟!」 「え、あ、ぁ~……胸焼けしそう」 「むっ……それじゃあ小声で言うことにする。耳元でそっとだ」 「いや悪化してるだろ」 「ええっ……!?」  さて困ったぞ。  愛を告げない選択肢はない。 「言うのを我慢すると、いつか私の中から溢れそうだ。九蔵への好きがたまって溢れそうな時、私はどうすればいいんだい?」  キューンと眉を困らせて尋ねると、九蔵は少し考えて、小さな声で答えた。 「〝九蔵の作った玉子焼きが好き〟って言えば、許すかな……」 「九蔵の?」  なぜ玉子焼きなら許されるのか。  言葉の真意がわからないニューイは、キョトンと首を傾げる。 「どうして玉子焼きならいいのだ?」 「どうしても」 「玉子焼きは玉子焼きで大好きなのだよ」 「それはそれとして。言っとくけど、玉子焼き変換はもう我慢できなくて爆発しそう! ってくらい好きとやらが溜まった時だけだぜ」 「な、なんとっ!」  念押しをする九蔵に、ニューイはションと肩を丸めた。 「うぅ……好きで体が爆発するのかい?」 「知らん。でも爆発寸前じゃねーとダメです」 「む。九蔵はイジワルなのだ」 「いじけてもダメです」 「むっ」  ニューイは九蔵をギュッと抱きしめたまま、唇を尖らせる。  けれどすぐに口元を緩め、眉を下げた。雪解けの木の実のような赤い瞳が、九蔵を映し出す。 「……あのね、九蔵」 「ん?」 「実は、私はキミに……」  ──ドッガァンッッ!! 「むあッッ!?」 「うぉッ!?」  突然入口の扉が吹き飛ばされ、九蔵とニューイはすっとんきょうな声を出し、思わずお互いに抱き着いた。  どう考えてもハッピーエンド。  なんだったら甘い空気でホコホコしていたところだと言うのに、いったいなんなんだ!  ニューイは九蔵を隠すように抱きかかえ、モクモクと上がる土煙を見つめる。  そこから、二人の友人が現れた。 「…………」 「…………」  一人はリュックサックを背負う澄央。  もう一人は翼だけを生やしたズーズィ。  傷一つないもののどちらも目から光が消えた無表情で、のっしのっしと歩いてくる。まるで歴戦の猛者のようなたたずまいだ。  思わず「ひぇ」と悲鳴をあげると、口角を引きつらせた九蔵がニューイの頭を無言で抱きかかえてくれた。守られた。嬉しい。  ニューイは無敵な気分である。  子犬系悪魔はチョロかった。 「……え、えーと……」  チョロ悪魔と違ってかんたんではない九蔵は、ニューイの頭を抱えながら二人を見つめる。  澄央もズーズィも、入り口では仲良くウインクをして親指まで立て、ニューイと二人っきりになる九蔵を応援してくれたはずだ。  それがどうしてこうなったのか。  いやまあ、こちらとて遊園地をクリアしただけで付き合ってもいないのに婚約を終える大変貌を遂げているが、それはそれ。これはこれ。

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