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「九蔵、私は……その、私は……キ、キミが……キミが大好きなのだよ。キミが大好きなのだが、私は……」
「ニューイさん、爆発寸前ですか」
「っおぁう」
九蔵がツンと胸をつつくとニューイは慌てて口元を押さえ、フリフリと手を振った。
軽率な告白は規制せねば。
玉子焼き換算は絶対だ。ことあるごとに言われれば、こちらの心臓が持たない。
どんなに複雑な事情があろうが、好きな相手に言われる〝好き〟は、シンプルに鼓動を操るのだ。
バタンとドアを閉めて、九蔵はえっちらおっちらと夜の街を歩きだす。
(……大好き、ね)
「愛してるとは、言ってくんねぇんだな……」
ふぅ、と息を吐いた。
当初はよく言っていた〝愛してる〟。それをいつからか言われなくなったことに気がついてから、どうも恋しくてたまらない。
イチルを透かした言葉に怯えているくせに、婚約しても言ってもらえない言葉を欲しがるなんて、とんだ贅沢者じゃないか。矛盾を叶えてくれと願ってどうする。
わかっているが、求めてしまう。
それから微かに、不安だ。
──もしかして……後悔、してる?
──俺は二番目にすら、なれねぇのか?
「って、アホかよ、俺。アイツが一度頷いたことをあとになって有耶無耶にするわけねぇってっ」
すぐにブンブンと首を横に振って、九蔵は馬鹿な思考回路を霧散させた。
ニューイが悪い男なわけない。じっくりと共に暮らし、そうじゃないと一番よく知っている人間だと自負する。
(てかそもそも、好きでもないやつと結婚するような不義理な男じゃねえし……!)
ウンウンと頷く。素直で一生懸命でキラキラと眩しい真っ直ぐなニューイだからこそ、自分は愛した。
一番じゃなくてもイチルの魂込みでも、九蔵とイチルが別物だと考えてくれているならニューイは九蔵自身も好いている。
そうでなければプロポーズのリベンジなんてしない。ニューイはそういう男だ。
ただ、その感情の種類が……恋じゃない、だけ。……大きな〝ただ〟だが。
「ふー……」
(じゃ、愛してるって言わねぇのは、そういうこと、かな……)
ストン、と納得する。
ああ嫌だ。これが片想い。こんな感情と一人で永遠に付き合っていかなければならないなんて、生き地獄に等しい。
それもただの片想いではない。
好きな相手に、自分以外、どうしようもなく勝てそうにない愛する相手がいるという生き地獄だ。
「勝手に好きになってたんだ。好きのやめ方なんか、わかんねぇよ。バカ」
道端に転がっていた石を、九蔵は追いかけてほしくて家出をした子どものように、コツンと蹴飛ばした。
◇ ◇ ◇
こちら、うまい屋の厨房。
あれ以来初めてバイトのシフトが被った九蔵と澄央は、夜の閑散時間であることをいいことに、雑談に興じていた。
「ズーズィから〝今度は人間の遊園地行きたい〟ってマインが来てたス。ユニバーサル行きてース」
「あんだけ揉めといて普通に仲良しなんですか」
真顔でお誘いをかける澄央に呆れる。
澄央もズーズィも、散々ニューイを涙目にして困らせていがみ合っていただろうに。
「だってあの時は心底気に食わなかったスからね。俺の主食。ココさんの手料理を奪うヤツは誰だって脳内で刺すス」
「過激派ハラペコくんめ」
「常識ス」
当然のように言い切られても。
澄央限定の常識だ。九蔵は同意できない。そういうもんかね、と言って次回のお弁当は多めに作る約束をした。
澄央はご機嫌になる。よほどサンドイッチを奪われたことを恨んでいたらしい。
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