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「……っぁ……なんで……」
ベッドに押し倒された形の九蔵は、自分に覆い被さる男を見上げる。
「九蔵。私は、キラキラの王子様ではなく、格好悪い悪魔だが……」
澄んだルビーの瞳が、一心にこちらを見つめて揺れていた。
けれど、ニューイはもう、泣いていない。余裕なんてないと伝わる視線は、逸らすことなく九蔵だけを見つめている。
「……九蔵は私の、お姫様だよ」
──本当に、ズルい悪魔。
普段は泣き虫なくせに、九蔵が泣くなら必死に涙を止めて、九蔵のことを包みこもうとするなんて。
冗談に隠した叶うはずのない夢を、丁寧に拾ってプレゼントしてくれるなんて。
だから、諦められないのだ。
「……ニューイ……好きだよぅ……」
九蔵はクシャリと泣き顔を潰し、トロトロととめどなく溢れる雫を止められないまま、ずっと言えなかった恋心を吐露した。
「っ……ほんとう、に……?」
ニューイは驚き、目を丸くする。
けれどすぐに同じようにクシャリと潰れて、ポロポロと涙を流した。
「愛してるって……ほんとは、すっげー、嬉しかったんだ……」
「言うのが遅くなって、すまない……」
「いいよ、いい……その代わり、俺をお前の一番にしてくれるか……?」
「あぁ、誓うよ……誓う……キミに誓って、個々残 九蔵は、私の一番愛おしい人だ……」
「俺、お前が好き……」
「嬉しい……私も、キミが好きだよ……」
「ニューイを……愛してるよ……」
「幸せだ……九蔵……この世の生き物でなにより一番、私はキミを愛しているよ……」
ニューイの美しい泣き顔から降り注ぐ雫が九蔵の頬に落ちて、涙が混ざり合う。
せっかく我慢できていたのに、九蔵の告白で、ニューイは簡単に泣いてしまう。
ポロポロ、ポロポロと。
しわくちゃにひしゃげて眉を情けなく八の字に垂らして、泣いてしまう。
「二度とキミを、一人で泣かせない」
泣いているのはニューイもで、九蔵よりも泣き虫なくせに、真摯な視線と声でそう言うニューイ。
「だから、いつかもう一度、今度はキミに贈るプロポーズをリベンジするために、私とキミとで、始めたいのだ」
熱を持った額がコツン、とぶつかり、濡れた鼻先が愛撫するように擦れ合う。
「……私の、恋人になってください」
「っん……」
にべもなく頷いた途端──手に入れられないと触れずにいた唇が、またゆっくりと触れ合って、ずいぶん長く重なっていた。
──あぁ、夢じゃない。
フワフワとした甘さやキラキラのロマンスでできたおとぎ話と違い、現実は恋もキスも、少ししょっぱい味がする。
これが本物のキスの味か。
「ニューイ……」
「ん……?」
長く重なった唇が離れたあと、九蔵はニューイの顔を真正面から見つめて、目をそらすことなく視線を合わせた。
「俺さ……もっと飴玉みたいなものかと思ったけど……リアルなキスって、そんなにうまくねーんだな……」
「あ……そ、そうかい」
ぼんやりと感想を言うと、ニューイは驚いたあと、シュンと残念がる。
大方自分のキスが下手くそだったかだとか、ゲームのイケメンとばかり恋愛をしていた九蔵は、リアルの悪魔とのキスが口に合わなかったのかだとか、くだらないことを気にしてしょげているのだろう。
「現実のキスは、嫌いかな……?」
「ははっ……」
──ファンタジックな生き物と始めた、ファンタジックなきっかけの恋。
けれど、恋はいつでもリアルだ。
心はいつでもリアルだ。
全身全霊、全力で。
悩み、苦しみ、我欲に溺れて自分を憐れみ、こんなにも辛いほど深く深く自分に恋をさせた相手を、大嫌いだと憎む。
それでも、離れられない。
誰もがロマンチストな乙女になり、ハッピーエンドを夢見て、甘いだけじゃなく少ししょっぱい誓いのキスを求めるのだ。
「大好きだぜ……だから、もう一回」
「……一回だけじゃ、足りないよ」
安心しきった笑顔でもう一度をオネダリした九蔵に、ニューイは頬を赤く染めて弱りながら、お姫様の仰せのままに口付けた。
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