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聞き分けのいいふりが得意な九蔵の、丸裸の悲鳴。
それはすべからくニューイの胸をズドンッと穿ち、ニューイから言葉を奪った。
ニューイが黙ったことをいいことに、九蔵は頭を抱えて泣きじゃくりながら、哀れっぽい涙声で管をまく。
「お前が本気なことくらいわかるっ……! でも、きっともっとずっと、俺のほうが本気なんだよ……っ!」
そうだ。そうに決まっている。
絶対に自分のほうが、愛情が大きい。
ニューイの好きなんてちんまりしたものだ。九蔵のほうが両手を広げても足りないくらい、ニューイを愛している。
ニューイ。
知らないだろう、ニューイ。
「だって、お前が結局イチルのほうがいいって言ってもっ……俺は簡単に喜んで、バカなもんで、嬉しくって、泣けてくんだ……っ! 俺はっ……俺はっ……」
「九蔵……だけど、私は、キミを愛している」
「ぁ……あぁ……ぁぁぁ……っ!」
知らないくせに、彼はこんな面倒な男を、愛していると、言い続けるのだ。
あぁぁぁ、と、いい歳をした大人の男が、みっともない声で啼泣した。
こんなに泣いたのは久しぶりだ。子どもの頃以来かもしれない。そんなものだから、子どものような泣き方しかわからなかった。
九蔵がそうだから、同じく泣いていたはずのニューイはオロオロと慌てて、自分が泣かせた九蔵の背中に手を伸ばして覆い被さる。
「あぁ〜……っふ……あぁ〜……」
「九蔵、すまなかった……私が悪かったよ……私は鈍感で不器用な馬鹿者だね……九蔵、ごめんよ、九蔵……だけど、私はちゃんとキミが、好きだよ……」
「は……っぁあ……っ」
「私は確かに亡くなった今も、イチルを愛している……だけど、イチルの代わりじゃなくて、ちゃんと今を生きている九蔵を愛しているのだ……」
「あぁぅ〜……っ」
「本当にすまなかった……永遠の片想いなんて、二番手なんて、覚悟をさせて本当にすまなかった……」
ニューイは懸命に懺悔した。
九蔵が泣くばかりで返事をしなくても、九蔵が信じられるように何度も謝罪と愛の言葉を繰り返した。
「本当だよ、九蔵……本当に愛しい……私は最低な男で、私をなじるキミの言葉すら、私は愛しいのだ……私には、キミが世界一の素敵な人間にしか見えない……」
温かい体温。
ニューイの体温は、まるで麻薬だ。
一度味わうと、抜け出せない。
離すまいと抱きしめる腕は九蔵を痛めつけず、底抜けな愛を持って、本当に丁寧に包み込む。彼の本気が、如実に伝わる。
九蔵はどうにか泣きやもうと喉奥をヒクヒクと震わせていたが──不意に、温かい手が丸まった九蔵を揺らした。
身構えていなかったので、九蔵はコロンと呆気なく仰向けに転がされる。
驚き目を丸くすると、月明かりの中でしっかりと涙を止めて心配そうにこちらを見る悪魔の顔が近づいてきた。
「へ、ぅ……」
チュ、と、柔らかい感触。
生ぬるい吐息を、吸い込む。
数秒優しく食まれたあと、離れていく熱を感じて、九蔵は彼の唇が自分の唇に触れたことを、理解する。
(これ──……キ、ス……?)
マシュマロと言うよりは、上品なわらび餅のような滑らかなさわり。
九蔵は、他人の唇のやわらかさを、生まれて初めて実感した。
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