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ニューイがもういじめられないように壁際に引っ張り、落ち着いてからグラスでカチン、とカンパイをする。
「うわ、美味い」
思わず感嘆した。
甘くてジューシーで香りがいい。会場の灯りを集めてキラキラと光っている。
ニューイが九蔵にと選んで死守してまで飲ませたかったものだけあって、オレンジジュースはとても美味しかった。
「そうだろう? 悪魔城の飲食物は全て最高級だからね。禁断オレンジの濃縮ジュースなんて滅多に飲めないのだ。九蔵の口に合ってよかった」
「マジか、ありがと。……でも、そんな貴重なもんダメにされかけてたんだし、ちょっとくらい言い返してもって思うけどな」
ピコピコと嬉しげにしっぽを揺らして微笑むニューイに感謝し、小さな声でモソモソと付け足す。
好きな相手をバカにされても気にならないほど、九蔵は大人じゃない。
好きになってくれとは思わないが、このパーフェクトイケメンにケーキを投げるなんてどうかしてるに決まっている。
それに、涙目だったことなんて気にも留めず虐められていたことを恥じてもいないニューイを見ていると……本当はこちらのほうが強いのだと文句を言いたくなった。
「言いたくないなら俺が言うけど」
「ははっ、九蔵は優しいね。大好きだ」
「俺さんは文句を言いなさいと言ったんです。口説きなさいとは言ってません」
九蔵が僅かに唇を尖らせて言うと、ニューイはカラコロと笑った。
「文句はなぁ……最強の悪魔王様がいる悪魔城のパーティーで勝手をするのは、ご法度なのだ。私が問題にすると、アッシェとマーリが悪魔王様に叱られてしまうだろう? 虐めるのは私だけだから、構わないのだよ」
ほら、強いじゃないか。
人に優しくすることも優しくあることも優しく生きることも、心から笑顔で行おうとするほど、難しいのだ。
善を美徳とする人間にも難しいことを、悪を美徳とする悪魔がこなしているなんて、きっとほとんどの人は知らないだろう。
「お前がいいならいいけど……頭蓋骨がもげても、知らねぇぜ」
もっとみんなニューイを愛してくれればいいのに。
でなきゃ自分が百倍愛して、虐められていたら必死に駆けつけてやる。
九蔵は心底そう思う。
腕組みをしてグラスに口をつける九蔵に、ニューイはツン、と肩を当てて、ピタリと寄り添った。熱い。いろいろ。
「よし、頭蓋骨がもげるより怖いことを教えてあげるよ」
「怖いこと?」
「うむ。今日の私が反撃しないのは、理由がある。それは九蔵、キミがここにいることだ」
ニューイの耳がピョコン、と揺れた。
見上げると、胸元にネックレスが見える。こんがり焼かれても変わらずあるらしい。
「私が恨みを買えばキミが危ないからね。人間の世界だと悪魔は少ないから能力の気配に気づきやすいが、悪魔だらけのここじゃあまり役に立たない。万が一はとても怖い」
「っ……そ、か」
怖い怖いと言いながら、プルプルとウサギらしく震えてみせるニューイ。
九蔵は頬が赤くなった。
強くて優しいニューイは、九蔵のことも考えている。
恋人にかっこ悪いところを見られるより、恋人に危害が及ばないように尽力したいのだ。
深い愛を示されて九蔵が真っ赤な顔を逸らすと、ニューイはデレリと笑って九蔵をぎゅうぎゅうと抱きしめた。
「むふふ、かわいい九蔵。私のお姫様。キミのためなら戦争を仕掛けられても無抵抗で耐えきるのだよ。死んだりはしないぞ? 耐えきって守り続ける最強の盾になるのだ」
「ぐ、……左様でございますか」
「ございます。ふふ、だけどね? 九蔵がもし、もしも私のそばからいなくなってしまったのなら、私は最強の矛になるのだ」
「ぷっ、それじゃあニューイ一人でパラドックス解決しちゃうんじゃねーの?」
「そうとも。私は最強の盾にも矛にもなるが、盾と矛は同時に存在しない」
「ゲームだったら無理ゲーだな」
「ピコピコマスターが現れてもクリアはさせないぞ。九蔵のピンチに駆けつけない私なんていないのだからね」
「そりゃ頼もしいことで。俺は呑気に助けられるのを待ってりゃいいのか」
「うむ! 強いて言うなら、なるべく無事に待っていてほしいのだ」
「俺は死んでなきゃいーぜ?」
「いや、傷をつけた者に酷いことをしなければならないからである」
「え」
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